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「太平記」武蔵野合戦の事(その13)

新田武蔵のかみ、将軍をば打ち漏らしぬ。今日は日已に暮れぬれば、勢を集めて明日石浜へ寄せんとて小手差原へ打ち帰る。「兵衛ひやうゑすけ殿いづくにか控へ給ひぬる」と行き合ふつはものどもに問ひ給へば、「兵衛の佐殿と脇屋殿とは、一所に控へて御渡り候ひつるが、仁木殿に打ち負けて、東の方へ落させ給ひ候ひつるなり」とぞ答へける。「さてここに見へたるかがりは、敵か御方か」と問ひ給へば、「この辺に御方は一騎も候ふまじ。これは仁木殿兄弟の勢か、白旗一揆の者どもが、焚いたる篝にてぞ候ふらん。小勢にてこの辺におはしまし候はん事は如何がと思え候へば、夜に紛れて急ぎ笛吹うすひたうげの方へ打ち越えさせ給ひさふらひて、越後・信濃の勢を待ち調そろへられ候ひて、重ねて御合戦候へかし」と申しければ、武蔵の守暫く思案して、「げにもこの義然るべし」とて、「笛吹の峠はいづくぞ」と、問ひ問ひ夜中に落ち給ふ。




新田武蔵守(新田義宗よしむね。新田義貞の三男)は、将軍(足利尊氏)を打ち漏らしました。この日日はすでに暮れて、勢を集めて明日石浜(現東京都福生市牛浜?)へ寄せることにして小手指原(現埼玉県所沢市)へ打ち帰りました。「兵衛佐殿(新田義興よしおき。新田義貞の次男)はどちらに控えておられるか」と行き合う兵どもに訊ねると、「兵衛佐殿と脇屋殿(脇屋義治よしはる。新田義貞の弟、脇屋義助よしすけの子)は、一所に控えておられましたが、仁木殿(仁木頼章よりあき義長よしなが)に打ち負けて、東の方へ落ちて行かれました」と答えました。「さてここに見える篝火は、敵か味方か」と訊ねると、「この辺に味方は一騎もおりません。これは仁木殿兄弟の勢か、白旗一揆の者どもが、焚いた篝火でありましょう。小勢でこの辺におられるのはどうかと思われます、夜に紛れて急ぎ碓氷峠(現群馬県安中市と長野県北佐久郡軽井沢町との境にある峠)の方へ打ち越えられて、越後・信濃の勢を待ち揃えられ、重ねて合戦なさいませ」と申したので、武蔵守(新田義宗)はしばらく思案して、「確かに申す通りよ」と申して、「碓氷峠はどこだ」と、訊ねつつ夜中に落ちて行きました。


続く


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by santalab | 2017-05-08 07:10 | 太平記 | Comments(0)

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