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「太平記」北山殿謀反の事(その12)

既に庭上に舁き据ゑたる輿のすだれを掲げて乗らんとし給ひける時、定平さだひら朝臣長年ながとしに向かつて、「早や」と被云けるを、「殺し奉れ」とのことばぞと心得て、長年、大納言に走り懸かつてびんの髪を掴んでうつぶしに引き伏せ、腰の刀を抜いて御首を掻き落としけり。しもとしてかみをかさんとくはだつる罰のほどこそ恐ろしけれ。北の方はこれを見給ひて、不覚あつとをめいて、透垣すいがきの中にたふれ伏し給ふ。このままやがて絶え入り給ひぬと見へければ、女房にようばうたち車に扶け乗せ奉て、泣く泣くまた北山殿へかへし入れ奉る。さしも堂上だうじやう堂下だうか雲の如くなりし青侍官女せいしくわんぢよ、いづちへか落ち行きけん。人一人も不見成つて、翠簾几帳すゐれんきちやう皆被引落たり。常の御方を見給へば、月の夜・雪のあした、興に触れて読み棄て給へる短冊たんじやくどもの、ここかしこに散り乱れたるも、今は亡き人の忘れ形見と成つて、そぞろに泪を被催給ふ。




庭上に舁き据えた輿の簾を上げて乗ろうとした時、定平朝臣(中院定平)が長年(名和長年)に向かって、「早くしろ」と申しましたが、「殺せ」との言葉と心得て、長年は、大納言(西園寺公宗きんむね)に走り懸かると鬢([耳ぎわの髪。また、頭髪の左右側面の部分])の髪を掴んでうつ伏せに引き伏せ、腰の刀を抜いて首を掻き落としました。下(臣)として上(天皇)を害そうと企てた罰の報いは恐ろしいものでした。北の方はこれを見て、思わずあっと叫んで、透垣([板または竹で、間を透かして作った垣根])の中に倒れ込みました。このままたちまち絶え入るように見えたので、女房たちが車に助け乗せて、泣く泣くまた北山殿([京都北山の衣笠山山麓に西園寺公経きんつねが建てた別荘])に帰りました。堂上堂下に雲の如くいた青侍官女は、どこに落ち失せたのか。人一人も見えず、翠簾([緑色のすだれ。青竹のすだれ])几帳([寝殿造りに用いた室内調度の一。室内に立てて間仕切りとし、また座のわきに立てて隔てとした])は皆引き落とされていました。常の方(居間)を見れば、月の夜・雪の朝、興に触れて読み棄てた短冊が、ここかしこに散り乱れ、今は亡き人の忘れ形見となって、思わず涙を誘いました。


続く


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by santalab | 2017-05-09 07:24 | 太平記 | Comments(0)

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