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「太平記」北山殿謀反の事(その17)

時節をりふし木工もくかみ孝重たかしげ社頭に通夜つやして、心を澄まし耳をそばだてて聞きけるが、曲てて後に、人に向かつて語りけるは、「今夜の御琵琶びは祈願きぐわんの御事あつて遊ばさるるならば、御願ごぐわん不可成就。そのゆゑはこの玉樹ぎよくじゆまうす曲は、昔しんの平公濮水ぼくすゐほとりを過ぎ給ひけるに、流るる水の声に絃管げんくわんの響きあり。平公すなは師涓しけんと云ふ楽人がくにんを召して、琴の曲に移さしむ。その曲殺声さつせいにして、聞く人泪を不流云ふ事なし。しかれども平公これを愛して、もつぱ楽絃がくげんに用ゐ給ひしを、師曠しくわうと云ひける伶倫、この曲を聴きて難じて奏しけるは、『君これをもてあそび給はば、天下一たび乱れて、宗廟そうべうまつたからじ。如何んとなれば、いにしへ殷の紂王ちうわうかの婬声かのいんせいの楽をなして弄び給ひしが、無程しうの武王に被滅給ひき。その魂魄こんばくなほ濮水ぼくすゐの底に留まつて、この曲を奏するを、君今新楽に写して、これを翫び給ふ。鄭声ていせい雅を乱るゆゑ一唱いつしやう三歎の曲に非ず』とまうしけるが、果たして平公滅びにけり。




ちょうど木工頭孝重(藤原孝重)が社頭に通夜していたので、心を澄まし耳をそばだてて聞いていましたが、曲が終わった後に、人に向かって語るには、「今夜の琵琶を祈願あって弾かれたならば、願は成就せぬであろう。その訳はこの玉樹と申す曲は、昔晋の平公(中国春秋時代の晋の君主)が濮水(黄河の支流)のほとりを通り過ぎようとした時、流れる水の音に絃管の響きを聞いた。平公はたちまち師涓という楽人を召して、琴の曲に写させた。その曲は殺声([力のない声、次第に弱くなる声])にして、聞く人は涙を流さぬことはなかった。けれども平公はこれを愛して、専ら楽絃に用いたが、師曠という伶倫([楽人])が、この曲を聴いて諌めて申し上げて、『君がこれを好み続ければ、天下は一度に乱れて、宗廟([国家])を全うすることはございません。どういうこかと申せば、その昔殷の紂王(殷朝最後の第三十代王)は婬声の楽を弾かせて遊び興じておりましたが、ほどなく周の武王に滅ぼされました。その魂魄はなおも濮水の底に留まって、この曲を奏しております、君は今新楽に写して、これを好んでおります。鄭声の雅楽を乱る(鄭国の淫らな俗曲が、雅楽を乱す)故に一唱三歎([すばらしい詩文を賞賛する語])の曲ではありません』と申して、結局平公は亡んだのだ。


続く


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by santalab | 2017-05-14 09:08 | 太平記 | Comments(0)

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