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「太平記」笛吹峠軍の事(その8)

夜に入りければ、両陣ともに引き退きて陣々にかがりを焚きたるに、将軍の御陣を見渡せば、四方しはう五六里に及びて、銀漢高く澄める夜に、星を列ぬるが如くなり。笛吹うすひの峠をかへりみれば、月に消え行く蛍火の山陰やまかげに残るに不異。義宗よしむねこれを見給ひて、「終日ひねもすの合戦に、兵若干そくばく討たれぬといへども、これほどまで陣のくべしとは思えぬに、篝の数の余りにさびしく見ゆるは、如何様勢の落ち行くと思ゆるぞ。道々に関を据ゑよ」とて、栽田山うえたやま信濃路しなのぢに、きびしく関を据ゑられたり。「それ士率将を疑ふ時は戦不利云ふ事あり。前には大敵勝つに乗つて、後ろは御方の国々なれば、今夜一定いちぢやう越後・信濃へ引き返さんずらんと、我を疑はぬ軍勢不可有。舟をしづかてを捨て、二度ふたたびかへらじと云ふ心を示すは良将のはかりことなり。皆馬の鞍をろしよろひを脱いで、引くまじき気色、人に見せよ」とて、大将鎧を脱ぎ給へば士率悉く鞍を下ろして馬を休む。




夜に入ると、両陣ともに引き退いて陣々に篝火を焚きましたが、将軍(足利尊氏)の陣を見渡せば、四方五六里に及んで、まるで銀漢([天の川])高く澄み渡る夜に、星をちりばめたようでした。碓氷峠(現群馬県安中市と長野県北佐久郡軽井沢町との境にある峠)を振り返り見れば、月に消え行く蛍火が山陰に残るばかりでした。義宗(新田義宗。新田義貞の三男)はこれを見て、「終日の合戦で、兵が若干討たれたといえども、これほどまで陣が少ないとは思えぬ、篝火の数があまりにさびしく見えるのは、おそらく勢が落ち行ったに違いない。道々に関を据えよ」と申して、栽田山(現長野県上田市?)と信濃路に、厳しく関を据えました。「士率が将を疑う時は戦に利なしと言うぞ。前には大敵が勝つに乗って、後ろは味方の国々である、今夜必ず越後・信濃へ引き返すであろうと、疑わぬ軍勢があろうか。舟を沈め糧を捨て、再び帰らぬ心を示すのが良将(韓信。秦末から前漢初期にかけての武将)の謀よ。皆馬の鞍を下ろし鎧を脱いで、引くまじき気色を、人に見せよ」と申して、大将(新田義宗)が鎧を脱いだので士率も残らず鞍を下ろして馬を休めました。


続く


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by santalab | 2017-05-21 07:31 | 太平記 | Comments(0)

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