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「太平記」兵部卿宮薨御の事付干将莫耶事(その7)

かく眉間尺みけんじやくが首を取つて、すなはち楚王にたてまつる。楚王おほきに喜びてこれを獄門に被懸たるに、三月までそのくび不爛、みはり目を、切歯を、常に歯喫はがみをしける間、楚王これを恐れて敢へて不近給。これをかなへの中に入れ、七日七夜までぞ被煮ける。余りに強く被煮て、このくび少しただれて目を塞ぎたりけるを、今は子細非じとて、楚王みづから鼎の蓋を開けさせて、これを見給ひける時、このこのくび、口に含んだる剣のきつさきを楚王にはつと奉吹懸。剣の鋒不誤、楚王の頚の骨を切りければ、楚王のくび忽ちに落ちて、鼎の中へ入りにけり。楚王のくびと眉間尺が首と、え揚がる湯の中にして、うへになり下に成り、ひ合ひけるが、ややもすれば眉間尺がくびは下に成つて、喫ひ負けぬべく見へける間、かくみづから己が首を掻き落として鼎の中へ投げ入れ、すなはち眉間尺がくびと相共に、楚王のくびを喫ひ破つて、眉間尺がくびは、「死して後父のあたを報じぬ」と呼ばはり、客の頭は、「泉下せんか朋友ほういうの恩を謝しぬ」と悦ぶ声して、共に皆煮えただれて失せにけり。




客(甑山人そうさんじん)は眉間尺の首を取ると、すぐさま楚王に献上しました。楚王はたいそうよろこんでこれを獄門に懸けましたが、三月までその首は朽ちず、目を見張り、歯を喰いしばり、常に睨んでいたので、楚王はこれを恐れてあえて近付きませんでした。これを鼎([鍋・釜の用に用いられた古代中国の金属製の器])の中に入れて、七日七夜これを煮ました。あまりに強く煮たので、この首は少し崩れて目が塞がれたので、今は恐れることはないと、楚王は自ら鼎の蓋を開けさせて、これを見た時、この首が、口に含んだ剣の切っ先を楚王に吹き懸けました。剣の切っ先は外れることなく、楚王の首の骨を切ったので、楚王の首はたちまち落ちて、鼎の中へ入りました。楚王の頭と眉間尺が首が、沸き上がる湯の中で、上になり下になり、喰い合っていましたが、ややもすれば眉間尺の首が下になって、喰い負けると見えたので、客は自ら己の首を掻き落として鼎の中へ投げ入れ、たちまち眉間尺の首とともに、楚王の首を喰い破りました、眉間尺の首は、「死んだ後に父の敵に復讐したぞ」と叫び、客の首は、「泉下([あの世])で朋友([友人])の恩に報いることができた」とよろこぶ声がして、ともに皆煮え崩れて失せました。


続く


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by santalab | 2017-05-22 07:56 | 太平記 | Comments(0)

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