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「太平記」足利殿東国下向の事付時行滅亡の事(その3)

この両条は天下治乱ちらんはしなれば、君もよくよく御思案あるべかりけるを、まうし請くる旨に任せて、無左右勅許ありけるこそ、始終いかがとは思へけれ。但し征夷将軍の事は関東くわんとう静謐せいひつの忠に可依。とう八箇国の官領くわんれいの事は先づ不可有子細とて、すなはち綸旨を被成下ける。これのみならず、忝くも天子の御諱おんいみなの字を被下て、高氏たかうぢと名乗られける高の字を改めて、そんの字にぞ被成ける。尊氏たかうぢきやう東八箇国を官領の所望しよまう、容易く道行きて、征夷将軍の事は今度の忠節に可依と勅約ありければ、時日ときひを不回関東へ被下向けり。吉良兵衛ひやうゑすけを先立てて、我が身は五日引き下がりて進発し給ひけり。




この両条(征夷大将軍と関東官領)は天下治乱の元ともなるものでしたので、君(第九十六代後醍醐天皇)もよくよく思案すべきでしたが、申すに任せて、勅許がありました、末はどうなることかと思われました。ただし征夷将軍については関東を平定した時の忠とする。東八箇国の官領([長官])については問題なしと、たちまち綸旨を下されました。こればかりでなく、忝くも天子の諱の字を下されて(後醍醐天皇の諱は尊治たかはる)、高氏と名乗っていた高の字を改めて、尊の字としました。尊氏卿は東八箇国を官領の所望を、容易く達して、征夷将軍については今度の忠節に依るべしと勅約があったので、時日を廻らすことなくたちまち関東に下向しました。吉良兵衛佐(吉良満義みつよし)を先立てて、尊氏は五日後に進発しました。


続く


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by santalab | 2017-05-27 08:26 | 太平記 | Comments(0)

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