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「太平記」足利殿東国下向の事付時行滅亡の事(その6)

この山は海道第一の難所なれば、源氏無左右懸かり得じと思ひけるところに、赤松筑前のかみ貞範さだのり、さしもけはしき山路やまぢを、短兵ただちに進んで、敵の中へ懸け入つて、前後に当たり、左右にげきしける勇力に被払て、平家またこの山をも支へず、大崩おほくづれまで引き退く。清久きよく山城のかみかへし合はせて、一足も不引闘ひけるが、源氏の兵に被組て、腹切る間もやなかりけん、その身は忽ちに被虜、郎従らうじゆうは皆被討にけり。路次ろし数箇度すかどの合戦に打ち負けて、平家やたけに思へども不叶。相摸河を引き越して、水をへだてて支へたり。時節をりふし秋の急雨しぐれ一通ひととほりして、河水岸を浸しければ、源氏よも渡しては懸からじと、平家少し由断して、手負ひを扶け馬を休めて、敗軍の士を集めんとしけるところに、夜に入つて、かう越後ゑちごの守二千余騎にてかみの瀬を渡し、赤松筑前の守貞範さだのりは中の瀬を渡し、佐々木の佐渡の判官はうぐわん入道道誉だうよと、長井ながゐ治部の少輔は、しもの瀬を渡して、平家の陣の後ろへまはり、東西に分かれて、同時に鬨をどつと作る。




箱根山は東海道第一の難所でしたので、源氏は攻めて来ないであろうと思うところに、赤松筑前守貞範(赤松貞範)は、険しい山路を上り、短兵急([いきなり敵に攻撃をしかける様])に、敵の中へ駆け入って、前後から攻め、左右を囲みました、平家は箱根山をも防げず、大崩(現静岡県静岡市・焼津市)まで引き退きました。清久山城守は返し合わせて、一足も引かず戦いましたが、源氏の兵に組まれて、腹を切る間もなかったか、その身はたちまちに捕らわれて、郎従([家来])は皆討たれました。路次での数箇度の合戦に打ち負けて、平家はやたけ([盛んに勇み立つ様])に思えど叶いませんでした。相摸川を渡って、川を隔てて防ぎました。ちょうど秋時雨が一通りして、河水が岸を浸していたので、源氏はまさか攻めて来ないであろうと、平家は少し油断して、手負いを助け馬を休めて、敗軍の士を集ようとするところに、夜に入って、高越後守(高師泰もろやす)は二千余騎で川上の瀬を渡り、赤松筑前守貞範(赤松貞範)は中の瀬を渡り、佐々木佐渡判官入道道誉(佐々木道誉)と、長井治部少輔は、下の瀬を渡って、平家の陣の後ろに回り、東西に分かれて、同時に鬨をどっと作りました。


続く


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by santalab | 2017-05-30 07:27 | 太平記 | Comments(0)

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