Santa Lab's Blog


「太平記」八幡合戦事付官軍夜討の事(その8)

将監しやうげんこれを見て、今は可助く人なしと思ひけるにや、腰の刀を抜いて腹を切らんとしけるを、悪五郎あくごらう、「暫し自害なせそ、助けんずる」とて、壺板に射立てられたる矢をば、脇立わいだてながら引き切つて投げ棄て、懸かる敵を五六人切り臥せ、関将監を左の小脇にさしはさみ、右手にて件の太刀を打ち振り打ち振り、近付く敵を打ち払つて、三町さんちやう許りぞ落ちたりける。跡に続ひていづくまでもと追ひ懸けける和田五郎も討ち遁しぬ。不安思ひける処に、悪五郎が運や尽きにけん、夕立ゆふだちに掘れたる片岸のありけるを、ゆらりと越えけるに、岸のひたひかたつちくわつとくづれて、薬研やげんのやうなる所へ、悪五郎落ちければ、わしり寄つて長刀の柄を取り延べ、二人ににんの敵をば討つてげり。入り乱れたる軍の最中なれば、首を取るまでもなし。悪五郎が引き切つて捨てたりつる、脇立許わいだてばかりを取つて、討つたる証拠しようごに備へ、身に射立て触れたる矢ども少々り懸けて、主上しゆしやう御前おんまへへ参り合戦のていを奏し申せば、「初め申しつる言葉に少しも不違、大敵の一将を討ち取つて数箇所すかしよの疵をかうむりながら、無恙して帰り参るでう、前代未聞の高名なり」と、叡感更に不浅。




関将監はこれを見て、今は助ける人もないと思ったか、腰の刀を抜いて腹を切ろうとしましたが、悪五郎(土岐康貞やすさだ)が、「今は自害するな、助けてやるぞ」と言って、壺板([脇楯わいだての上部にある右の脇壺に当てる鉄板])に射立った矢を、脇楯([大鎧の胴の右脇のすきまに当てる防具])ごと引き切って投げ捨て、懸かる敵を五六人切り臥せ、関将監を左の小脇に抱えて、右手で件の太刀を打ち振り、近付く敵を打ち払って、三町ばかり落ちました。後に続いてどこまでもと追いかける和田五郎(和田正隆まさたか)も討ち逃してしまいました。安からず思うところに、悪五郎の運が尽きたのか、夕立に崩れた片岸があったので、ゆらりと越えると、岸の額の盛り土が崩れて、薬研([薬研掘]=[V字形に深く掘った堀])のような所に、悪五郎が落ちたので、走り寄って長刀の柄を取り延べ、二人の敵を討ちました。入り乱れた軍の最中でしたので、首を取る隙もありませんでした。悪五郎が引き切って捨てた、脇楯ばかり取って、討った証拠として、身に射立てられた矢を少々折り懸けて、主上(第九十七代後村上天皇)の御前に参り合戦の次第を奏し申せば、「初めに申した言葉に少しも違わず、大敵の一将を討ち取って数箇所の疵を被りながら、無事に帰り参るとは、前代未聞の高名である」と、叡感はさらに浅いものではありませんでした。


続く


[PR]
by santalab | 2017-05-30 08:16 | 太平記 | Comments(0)

<< 「太平記」八幡合戦事付官軍夜討...      「太平記」足利殿東国下向の事付... >>

Santa Lab's Blog
by santalab
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31
カテゴリ
以前の記事
フォロー中のブログ
最新のコメント
返歌 草枕…に因んで短歌..
by 井上勇 at 23:54
ただおし出づるままに の..
by SiNa at 21:40
「義経記」の御紹介記事を..
by Magohati38 at 02:04
すばらしいサイト おかげ..
by johsei1129 at 23:54
青き花咲く大地 気高き..
by 北朝鮮の水爆に十神山も激怒 at 02:50
全然現代語訳できてない
by あ at 02:04
 その島根県(旧出雲国東..
by 民俗学者 at 23:34
うーん、松島からまた仙台..
by 五十嵐洋(秋田県大館市) at 00:51
「下野の室の八嶋にて待て..
by 八島 守 at 12:03
ひょんな事から、このブロ..
by yoshy at 18:50
メモ帳
最新のトラックバック
ライフログ
検索
タグ
その他のジャンル
ブログパーツ
最新の記事
外部リンク
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧