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「太平記」八幡合戦事付官軍夜討の事(その9)

悪五郎あくごらう討たれて官軍くわんぐん利を得たりといへども、寄せ手目に余るほどの大勢なれば、始終この陣には難怺とて、楠木次郎左衛門じらうざゑもん夜に入つて八幡へ引つ返せば、翌日朝敵てうてきやがて入り替はつて、荒坂山に陣を取る。しかれども官軍も不懸、寄せ手も不攻上、八幡を遠攻とほぜめにして四五日を経る処に、山名右衛門うゑもんすけ師氏もろうぢ、出雲・因幡・伯耆三箇国の勢を率して上洛しやうらくす。路次ろしの遠きに依つて、荒坂山の合戦にはづれぬる事、無念に思はれける間、すぐに八幡へ推し寄せて一軍せんとて淀より向かはれけるが、法性寺ほふしやうじ左兵衛さひやうゑかみここに陣を取つて、淀の橋三間引き落とし、西の橋爪に掻楯かいだて掻いて相待あひまちける間、橋を渡る事は叶はず、さらばいかだを作り渡せとて、淀の在家をこぼちて筏を組みたれば、五月のながさめに水増さりて押し流されぬ。




悪五郎(土岐康貞やすさだ)が討たれて官軍は利を得ましたが、寄せ手は目に余るほどの大勢でしたので、いつまでもこの陣が堪えることはできまいと、楠木次郎左衛門(楠木三郎正儀まさのり。楠木正成の三男)は夜に入ると八幡山(現京都府八幡市)に引き返しました、翌日朝敵はたちまち入れ替わって、荒坂山(現京都府八幡市)に陣を取りました。けれども官軍も駆けず、寄せ手も攻め上らず、八幡を遠攻めにして四五日を経るところに、山名右衛門佐師氏(山名師氏)が、出雲・因幡・伯耆三箇国の勢を率して上洛しました。路次遠く、荒坂山(現京都府八幡市)の合戦に間に合わなかったことを、無念に思い、すぐに八幡へ押し寄せて一軍しようと淀(現京都市伏見区)より向かいましたが、法性寺左兵衛督(藤原康長やすなが)がそこに陣を取って、淀の橋を三間引き落とし、西の橋詰に掻楯([垣根のように楯を立て並べること])を掻いて待ち構えていたので、橋を渡る事は叶わず、ならば筏を作って渡せと、淀の在家を壊して筏を組みましたが、五月の長雨で水嵩が増して押し流されてしまいました。


続く


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by santalab | 2017-05-31 07:08 | 太平記 | Comments(0)

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