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「太平記」八幡合戦事付官軍夜討の事(その11)

山名右衛門うゑもんすけ財園院ざいをんゐんに陣を取れば、左兵衛さひやうゑかみなほ守堂口もりだうぐちに支へて防がんとす。四月二十五日、四方しはうの寄せ手同時にてふし合はせて攻め戦ふ。顕能あきよし卿の兵、伊賀・伊勢の勢三千余騎にて、園殿口そのどのぐちに支へて戦ふ。和田にぎた・楠木・湯浅・山本・和泉・河内の軍勢は、佐羅科さらしなに支へて戦ふ。軍未だ半ばなるに、高橋の在家より神火燃え出て、魔風十方に吹き懸けけるほどに、官軍くわんぐんけむりむせんで防がんとするに叶はねば、皆八幡の御山へ引き上がる。四方の寄せ手二万余騎、すなは洞峠ほらがたうげへ打ち上りて、土岐・佐々木・山名・赤松・松田・飽庭あくは・宮の入道にふだう、一勢一勢数十箇所すじつかしよに陣を取り、鹿垣ししがき結うて、八幡山を五重六重いつへむへにぞ取り巻きける。




山名右衛門佐(山名時氏ときうぢ)が、財園院に陣を取れば、左兵衛督(藤原康長やすなが)は守堂口に支へて防ごうとしました。四月二十五日に、四方の寄せ手は同時に相図を定めて攻め戦いました。顕能卿(北畠顕能)の兵、伊賀・伊勢の勢三千余騎は、園殿口に支えて戦いました。和田・楠木・湯浅・山本・和泉・河内の軍勢は、佐羅科(現京都府八幡市)に支えて戦いました。軍いまだ半ばに、高橋の在家より神火が燃え出て、魔風が十方に吹き懸けたので、官軍は煙に咽んで敵を防ぐことができずに、皆八幡山に引き上りました。四方の寄せ手二万余騎は、たちまち洞ヶ峠(現京都府八幡市と大阪府枚方市の境にある峠)に打ち上って、土岐(土岐頼康よりやす)・佐々木(佐々木道誉だうよ)・山名(山名時氏ときうぢ)・赤松(赤松則祐のりすけ)・松田・飽庭・宮入道が、一勢一勢数十箇所に陣を取り、鹿垣([砦の周りに設けて防御用にした垣])を構えて、八幡山を五重六重に取り巻きました。


続く


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by santalab | 2017-06-02 07:29 | 太平記 | Comments(0)

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