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「太平記」南帝八幡御退失の事(その4)

内侍所のひつをば、初め賜はつて持ちたりける人が田の中に捨てたりけるを、伯耆はうきの太郎左衛門長生ながなり、着たる鎧を脱ぎ捨てて、みづか荷担かたんしたりける。迹より追ふ敵ども、蒔き捨つる様に射ける矢なれば、御櫃のふたに当たる音、板屋を過ぐる村雨の如し。されども身には一筋ひとすぢも不立ければ、長生とかくかかくり付いて、賀名生あなふの御所へぞ参りける。多くの矢ども御櫃に当たりつれば、内侍所も矢や立たせ給ひたるらんと、浅ましくて御櫃を見進らせたれば、矢の跡は十三までありけるが、わづかに薄き桧木板ひのきいた射徹いとほす矢の一筋もなかりけるこそ不思議なれ。今度たばかりて京都を攻められん為に、先づ住吉・天王寺てんわうじへ行幸成りたりし時、児島三郎入道志純しじゆんも召されて参りたりけるを、「これが一大事なれば急ぎ東国・北国に下つて、新田義貞よしさだをひ・子どもに義兵を興こさせ、小山をやま・宇都宮以下、便宜びんぎの大名を語らひて、天下の大功を即時に致す様に、智謀をめぐらせ」とおほせ出だされければ、志純夜を日に継いで関東くわんとうへ下りたれば、東国の合戦早や事散じて、新田義興よしおき義治よしはるは河村のじやうに立て篭もり、武蔵のかみ義宗よしむね越後ゑちごの国にぞ居たりける。勅使東国・北国に行き向かうて、「君すでに大敵に囲まれさせ給ひて助けの兵、力疲れぬ。もし神竜しんりようして釣者てうしやの為に捕らはれさせ給ひなば、天下誰が為にか争はん」と、依義重可軽命習ひを申しければ、小山をやま五郎・宇都宮少将せうしやう入道も、「勅定ちよくぢやうに随ふなり」とて、東国静謐せいひつの計略を可運由約諾す。義興よしおき義治よしはるはなほ東国に止まりて将軍と戦ひ、新田武蔵のかみ義宗よしむね桃井もものゐ播磨の守直常ただつね・上杉民部の大輔・吉良三郎満貞みつさだ・石堂入道、東山とうせん・東海・北陸道ほくろくだうの勢を率し二手に成つて上洛しやうらくし、八幡の後攻ごづめを致して朝敵てうてきを千里の外に可退と、諸将の相図を定めて、勅使を先立ちてぞ上りける。




内侍所([三種の神器の一つである神鏡、八咫鏡やたのかがみ])の櫃は、最初に賜わって持っていた人が田の中に捨てたのを、伯耆太郎左衛門長生(名和長生)が、着ていた鎧を脱ぎ捨てて、自ら荷担しました。後を追う敵どもは、蒔き捨てるように矢を射たので、櫃の蓋に当たる音は、まるで板屋に降る村雨のようでした。けれども身には一筋も立ちませんでしたので、長生はなんとか逃れて、賀名生(現奈良県五條市)の御所にたどり着きました。多くの矢が櫃に当たったので、内侍所にも矢が立っているであろうと、嘆いて櫃を見ると、矢の跡は十三ありましたが、わずかに薄い桧木板を射通す矢は一筋もなかったのは不思議なことでした。今度謀略を廻らせて京都を攻めるために、まず住吉(現大阪市住吉区にある住吉大社)・天王寺(現大阪市天王寺区にある四天王寺)に行幸された時、児島三郎入道志純も召されて参っていましたが、(第九十七代後村上天皇は)「今が一大事である急ぎ東国・北国に下って、新田義貞の甥・子どもに義兵を起こさせ、小山・宇都宮以下、便宜(親交)の大名を味方に付けて、天下の大功を即時に致すよう、智謀を廻らせ」と命じられたので、志純は夜を日に継いで関東に下りましたが、東国の合戦はすでに治まり、新田義興(新田義貞の次男)・義治(脇屋義治。新田義貞の弟、脇屋義助の子)は河村城(現神奈川県足柄上郡山北町)に立て籠もり、武蔵守義宗(新田義宗)は越後国にいました。勅使が東国・北国に向かって、「君(後村上天皇)が大敵に囲まれて守護の兵は、疲弊しています。神竜が魚に変じて釣者に捕らわれて、天下を誰のために争うというのですか」と、義を重んじ命を軽んじる道理を申せば、小山五郎・宇都宮少将入道(宇都宮公綱きんつな)も、「勅定に従いましょう」と、東国静謐の計略を廻らせることを約諾しました。義興・義治はなおも東国に止まって将軍(足利尊氏)と戦い、新田武蔵守義宗・桃井播磨守直常(桃井直常)・上杉民部大輔(上杉憲顕のりあき)・吉良三郎満貞(吉良満貞)・石塔入道(石塔義房よしふさ)は、東山道・東海道・北陸道の勢を率し二手になって上洛し、八幡(現京都府八幡市にある石清水八幡宮)の後詰め([敵の背後に回って攻める軍勢。援軍])に向かい朝敵を千里の外に退けるべしと、諸将の相図を定めて、勅使を先立てて京に上りました。


続く


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by santalab | 2017-06-09 07:16 | 太平記 | Comments(0)

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