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「太平記」山名右衛門佐為敵事付武蔵将監自害の事(その6)

ここに佐々木惣領そうりやう氏頼うぢより、その頃遁世にて西山辺に隠れ居たりける間、舎弟五郎右衛門うゑもんじよう世務せむに代はつて国の権柄を執りしが、近江あふみの国の地頭・御家人、この手にしよくして五百余騎ありけるが、楠木が勢に招かれて、胡録えびらたたき鬨の声を揚げをめいて懸かる。楠木が勢やうに開き陰にかためて散々に射る。射れども佐々木が勢ひるまず、しころを傾けて袖をかざし、懸け入りけるを見て、山名が執事小林左京さきやうすけ、七百余騎にて横合ひに逢ふ。佐々木勢余りに手痛く懸けられて、叶はじとや思ひけん、神楽岡かぐらをかへ引き上がる。




佐々木惣領氏頼(六角氏頼)は、その頃遁世して西山辺に隠れ住んでいました、舎弟五郎右衛門尉(山内信詮)が千手(六角氏頼の嫡男)に代わって国の権柄を執っていました、近江国の地頭・御家人は、この手に属して五百余騎ありましたが、楠木(楠木正儀まさのり。楠木正成の三男)の勢に手招きされて、箙([矢を入れて右腰につける武具])を叩き鬨の声を上げて喚いて懸かりました。楠木(正儀)の勢は陽に開き陰に固めて散々に矢を射ました。矢を射れども佐々木の勢はひるまず、錣([兜・頭巾の左右・後方に下げて首筋をおおう部分])を傾けて袖で覆い、駆け入るのを見て、山名(山名師氏もろうぢ)の執事小林左京亮が、七百余騎で横合いに当たりました。佐々木勢はあまりに手痛く駆けられて、敵わないと思ったか、神楽岡(現京都市左京区)に引き上がりました。


続く


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by santalab | 2017-06-18 08:53 | 太平記 | Comments(0)

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