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「太平記」山名右衛門佐為敵事付武蔵将監自害の事(その12)

これまでもなほ細河相摸のかみ清氏きようぢは元の陣を不引退、人馬に息を継がせて、我に同ずる御方あらば、今一度快く挑み戦うて雌雄をここに決せんとて、西坂本に引き、その夜はつひに落ち給はず。夜明けければ、宰相さいしやう中将殿ちゆうじやうどのより使者を立て、「重ねて合戦の評定あるべし。先づ東坂本へ被打越候へ」と被仰ければ、この上は清氏一人留まつても無甲斐とて、翌日早旦に東坂本へ被参ける。この時故武蔵の守師直もろなほが思い者の腹に出で来たりとて、武蔵将監しやうげんと云ふ者、片田舎に隠れて居たりけるを、阿保あふ肥前の守忠実ただざね荻野をぎの尾張をはりの守朝忠ともただら、にはかに取り立てて大将になし、丹波・丹後・但馬三箇国の勢、三千余騎を集めて、宰相の中将殿に力を合はせん為に、西山の吉峯に陣を取つてぞ居たりける。




これまでなおも細川相摸守清氏(細川清氏)は元の陣を引き退くことなく、人馬に息を継がせて、我に加わる味方があれば、今一度思うままに挑み戦って雌雄をここに決せんと、西坂本(現京都市左京区)に引き、その夜は遂に落ちませんでした。夜が明けると、宰相中将殿(足利義詮よしあきら。足利尊氏ノ嫡男)より使者があって、「重ねて合戦の評定がしたい。まず東坂本(現滋賀県大津市)に打ち越えられよ」と仰せがあったので、この上は清氏一人留ったところで仕方あるまいと、翌日早旦に東坂本へ参りました。この時故武蔵守師直(高師直)の思い者(二条兼基かねもとの娘)の子に、武蔵将監(高師詮もろあきら)という者が、片田舎に隠れていましたが、阿保肥前守忠実(阿保忠実)・荻野尾張守朝忠(荻野朝忠)らが、急ぎ取り立てて大将になし、丹波・丹後・但馬三箇国の勢、三千余騎を集めて、宰相中将殿(足利義詮)に力を合わせるために、西山の吉峯(現京都市西京区の善峯寺)に陣を取りました。


続く


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by santalab | 2017-06-24 08:17 | 太平記 | Comments(0)

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