いとうつくしげに見給へば、見合はせ給ひて、扇して招き給へば、うち笑みて、ふとおはしたり。内に、いと貴なる声にて、「かれ呼び給へ。かの君は、いづちぞ。あな見苦し」と言へば、「おはしませ。おはしませ」と言へども、聞かず。大将、膝に据ゑ給ひて、「母君は、ここにか」とのたまへば、「おはすめり」。「誰が御子ぞ」。「知らず」。「御父は、誰とか、人は聞こゆる」。「『右の大将』とかや、人は言へど、まだ見え給はず。呼ぶなり。詣でなむ」とて立ち給ふ。「怪しきことかな。西の対の君にこそ。『稚児ありしを、ただ一目見ずて、祖母君になむ、愛しうて取り籠めてし』とのたまひしにやあらむ。いとあはれにもあべきかな。それにやあらむ。なほ、気色見む」と思して、硯召し寄せて、
「渡り川 いづれの瀬にか 流れしと 尋ねわびぬる 人を見しかな
思えさせ給ふや。
忠実やかには、いかでか奉りにしかな。しるべは、いとよう、ここに」と書き給うて、上に近う使ひ給ふ童して奉り給ふとて、「この御返り賜うてなむ、若君を」と聞こえ給ふ。
大将【藤原仲忠】がなんと可愛い子かと眺めていると、目が合ったので、扇で招くと、微笑みながら、たちまちやって来ました。局の内から、とても上品な声で、「あの子を呼んでください。あの子は、どこですか。誰かに見られでもしたらとても恥ずかしいこと」と言ったので、乳母は、「こちらにおいで。こちらにおいで」と呼びましたが、子は言うことを聞きませんでした。大将【藤原仲忠】は、膝の上に子を乗せて、「母君は、ここにおられるのか」と訊ねると、「おります」。「そなたは誰の子か」。「知りません」。「父は、誰と、人は申しておる」。「『右の大将』とか、人は言いますが、まだ会ったことはありません。乳母が呼んでいます。行かなくては」と言って立ち上がりました。大将【藤原仲忠】は「不思議なこともあるものよ。西の対の君に違いない。『子が生まれたが、ただ一目も見ず、祖母君に、悲しいことに引き取られた』と申しておったのではないかな。たいそう哀れな話よ。きっとそうに違いない。なお、確かめてみよう」と思い、硯を召し寄せて、
「いずれの瀬に流れることかと、探し求めていた人ではありませんか。
あの歌を覚えていますか。ぜひ、右大臣殿【藤原兼雅】の許へお連れいたしましょう。案内のことは、心配ありりません、わたしに任せてください」と書いて、女が近く使う女童に文を渡して、「この返事をいただけば、若君をお返しします」と伝えました。
(続く)