Santa Lab's Blog


2017年 05月 10日 ( 2 )



「太平記」北山殿謀反の事(その13)

またよんの御方を見給へば、ふるふすまは留まつて、枕並べし人はなし。その面影はそれながら、語りて慰む方もなし。にはには紅葉もみぢ散り敷いて、風の気色もすさまじきに、古きこずゑふくろの声、けうとげに啼いたるあかつきの物寂しさ、堪へては如何がと住みび給へる処に、西園寺さいをんじの一跡をば、竹林院ちくりんゐん中納言公重きんしげきやう賜はらせ給ひたりとて、青侍あをさぶらひども数多あまた来たつて取りまかなへば、これさへ別れの憂き数に成つて、北の御方は仁和寺なるかたはらに、かすかなる住み所たづね出だして移り給ふ。時しもこそあれ、故大納言殿の百箇日に当たりける日、御産ごさん事故ことゆゑなくして、若君生まれさせ給へり。あはれその昔ならば、御祈りの貴僧高僧歓喜くわんきの眉を開き、弄璋ろうしやう御慶ぎよけい天下に聞こへて門前の車馬しやば群を可成に、くはの弓引く人もなく、よもぎの矢射る所もなきあばら屋に、透き間の風すさまじけれども、防ぎし陰も枯れ果てぬれば、御乳母めのとなんど被付までも不叶、ただ母上ははうへみづかいだき育て給へば、やうやく故大納言殿に似給へる御顔付きを見給ふにも、「形見こそ今はあたなれこれなくば忘るる時もあらましものを」と古人いにしへびとの読みたりしも、泪のゆゑと成りにけり。




また夜の方(寝間)を見れば、古い衾([平安時代などに用いられた古典的な寝具の一。掛け布団])は残って、枕を並べた人はなし。面影はそのままに、語り慰める人はいませんでした。庭には紅葉が散り敷いて、風の気色もすさまじく、古い梢には梟の声が、けうとげ([気味が悪い様子])に啼く暁の物寂しさ、どうしてそのまま住むことができようかと思うところに、西園寺(西園寺公宗きんむね)の一跡を、竹林院中納言公重卿(西園寺公重。西園寺公宗の異母弟)が賜わり、青侍どもが数多くやって来て取り仕切ったので、これさえ別れの憂き数になって、北の方は仁和寺(現京都市右京区にある寺院)のそばに、幽かな住み所を尋ね出して移りました。ちょうど、故大納言殿(西園寺公宗)の百箇日に当たる日、(北の方は)無事にお産して、若君が生まれました。その昔ならば、祈りの貴僧高僧が歓喜の眉を開き、弄璋([男子が生まれること])の慶びは天下に聞こえて門前に車馬は群をなすべきに、桑の弓([桑弓]=[桑の木で作った弓。昔、男児出産の時、この弓に蓬の茎で矧いだ矢を番えて四方に射て将来の立身出世を祝った。古代中国の風俗])引く人もなく、蓬の矢を射る所もないあばら屋に、透間風はすさまじくありましたが、防ぐ木陰も枯れ果てて、乳母を付けることも叶わず、ただ母上が自ら懐き育てました、ようやく故大納言殿(西園寺公宗)に顔立ちが似るのを見るに付けても、「形見こそ 今はあたなれ これなくば 忘るる時も あらましものを」([あの人の形見が今は仇=恨みのある相手。となってしまいました。この子がいなければ忘れる時もあろうけれど]。『古今和歌集』)と古人(詠み人知らず)が詠んだのも、涙の元となりました。


続く


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by santalab | 2017-05-10 07:59 | 太平記 | Comments(0)


「太平記」鎌倉合戦の事(その2)

やがてこの勢と打ち連れて、神奈河かみながはに着いて鎌倉の様を問ひ給へば、「鎌倉には将軍の御子息左馬のかみ基氏もとうぢを警固し奉て、南遠江とほたふみかみ、安房・上総の勢三千余騎にて、化粧けはひ坂・巨福呂こふくろ坂を切り塞いで用心きびしく見へさうらひしが、昨日のあした敵三浦にありと聞いて、打ち散らさんとて向かはれ候ひしかども、虚言そらごとにてありけりとて、只今鎌倉へ打ちかへらせ給ひて候ふよ」とぞ語りける。「さては只今の合戦ごさんなれ、ここにて軍の用意をせよ」とて、兵粮ひやうらうを仕ひ馬に糟嚙はせて、三千余騎二手に分けて、鶴岳つるがをかへ旗指し少々差し遣はして大御堂おほみだうの上より真つ下りにぞ押し寄せたる。




やがてこの勢と打ち連れて、神奈川に着いて鎌倉の様子を訊ねると、「鎌倉では将軍(足利尊氏)の子息左馬頭基氏(足利基氏。足利尊氏の四男)を警固して、南遠江守、安房・上総の勢が三千余騎にて、化粧坂・巨福呂坂を切り塞いで厳しく用心しておりますが、昨日の朝敵が三浦にあると聞いて、打ち散らそうと向かいましたが、虚言であったと、今は鎌倉に帰っております」と話しました。「ならば今すぐの合戦がよかろう、ここで軍の用意をせよ」と申して、兵粮を出し馬に糟を嚙わせて、三千余騎を二手に分けて、鶴岡(鶴岡八幡宮)に旗指差しを少々遣わせて大御堂(勝長寿院)の上より真っ下りに押し寄せました。


続く


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by santalab | 2017-05-10 07:17 | 太平記 | Comments(0)

    

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