Santa Lab's Blog


2017年 05月 12日 ( 2 )



「太平記」北山殿謀反の事(その15)

春日の局泣く泣くうちより御使ひに出で合ひ給ひて、「故大納言殿の忘れ形見の出で来させ給ひてさふらひしが、母上ははうへのただならざりし時節をりふし限りなき物思ひにしづみ給ふゆゑにや、生まれ落ち給ひし後、無幾程はかなく成り給ひ候ふ。これもとがありし人の行くなれば、如何なる御沙汰にか逢ひ候はんずらんと、うへの御とがめを怖れて、隠しはんべるにこそと被思召事も候ひぬべければ、いつはりならぬしるしの一言を、仏神に懸けてまうし入れ候ふべし」とて、泣く泣く消息せうそくを書き給ひ、その奥に、

いつはりを ただすの森に 置く露の 消えしにつけて 濡るる袖かな

使ひこの御文を持つてかへまゐれば、定平さだひら泪を押さへて奏覧し給ふ。この一言に、君もあはれとや思し召されけん、その後は御たづねもなかりければ、うれしき中に思ひあつて、焼野のきぎすの残るくさむらを命にて、雛をはごくむらむ風情にて、泣く声をだに人に聞かせじと、口を押さへを含めて、同じ枕の忍び寝に、泣き明かし泣き暮らして、三年みとせを過ごし給ひし心のうちこそ悲しけれ。その後建武の乱出で来て、天下将軍の代と成りしかば、この人てうに仕へて、西園寺さいをんじの跡を継ぎ給ひし、北山の右大将うだいしやう実俊さねとしきやうこれなり。




春日の局が泣く泣く内裏からのお使いに会って、「故大納言殿(西園寺公宗きんむね)の忘れ形見がお生まれになられましたが、母上が身籠っておられた時に限りなき悲しみに沈まれたせいでしょうか、生まれ落ちた後、いくほどもなくしてはかなくなられました。罪ありし人の行く方なれば、いかなる沙汰に遭うことかと、上(天皇)の咎めを怖れて、隠していると思われることもございましょう、偽りでない証拠の一言を、仏神に懸けて申し入れます」と申して、泣く泣く消息([文])を書き、その奥に、

偽りのないことを糺の森(現京都市左京区にある下鴨神社)に誓うにつけても、置く露のが消えてしまった悲しみに袖は濡れるばかりでございます。

使いがこの文を持って帰ると、定平(中院定平)は涙を抑えて奏覧しました。この一言に、君(第九十六代後醍醐天皇)も哀れに思われたか、その後はお尋ねもありませんでした、(北の方は)うれしさの中に悲しみあって、焼野の雉([棲んでいる野を焼かれたキジが自分の命にかえてもその子を救うこと。親が子を思う情の深いことのたとえ])の残る叢を命に代えて、雛を育むように、泣く声をさえ人に聞かせまいと、口を押さえ乳を含めて、同じ枕の忍び寝に、泣き明かし泣き暮らして、三年を過ごした心の内は悲しみに溢れていました。その後建武の乱が起こり、天下は将軍(足利尊氏)の時代となり、この人は朝廷に仕えて、西園寺の跡を継ぎました、北山右大将実俊卿(西園寺実俊。右大臣)のことです。


続く


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by santalab | 2017-05-12 08:29 | 太平記 | Comments(0)


「太平記」鎌倉合戦の事(その4)

たふの辻の合戦難義なりと見へければ、脇屋左衛門さゑもんすけと、小俣をまた小輔二郎と一手に成つて、二百余騎をめひて懸られけるに、南遠江とほたふみかみ被懸立て、旗を巻いて引き退くを見て、谷々やつやつに戦ひけるつはものども、十方へ落ち散りける間、一所に打ち寄る事不叶して、百騎二百騎思ひ思ひに落ちて行く。されども三浦・石堂が兵ども、余りに戦ひくたびれて、さして敵を不追ければ、南遠江とほたふみの守は、今日の合戦に被打洩、左馬頭を具足し奉て、石浜を差して被落けり。新田左兵衛さひやうゑの佐・脇屋左衛門の佐、二月十三日じふさんにちの鎌倉かまくらの軍に打ち勝つてこそ、会稽くわいけいの恥をきよむるのみに非ず、両大将とあふがれて、暫く八箇国の成敗に被居けり。




塔ノ辻の合戦が難義しているように見えたので、脇屋左衛門佐(新田義貞の弟、脇屋義助の子、脇屋義治よしはる)は、小俣小輔二郎と一手になって、二百余騎喚いて駆けると、南遠江守は駆け立てられて、旗を巻いて引き退くのを見て、谷々で戦っていた兵どもは、十方へ落ち散ったので、一所に打ち寄ることも叶わず、百騎二百騎と思い思いに落ちて行きました。けれども三浦・石塔(石塔義房よしふさ)の兵どもは、あまりに戦いくたびれて、さして敵を追いませんでしたので、南遠江守は、今日の合戦に打ち洩れて、左馬頭(足利基氏もとうぢ。足利尊氏の四男)を具足して、石浜を指して落ちて行きました。新田左兵衛佐(新田義興よしおき。新田義貞の次男)・脇屋左衛門佐(脇屋義治)は、二月十三日の鎌倉の軍に打ち勝って、会稽の恥を雪ぐのみならず、両大将と仰がれて、しばらく八箇国を支配しました。


続く


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by santalab | 2017-05-12 08:19 | 太平記

    

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