Santa Lab's Blog


「宇津保物語」楼の上(その13)

大将は、やがて殿に参り給ひて、「物忌みし侍らむとて、石作に籠もりて侍りつるに、しかしかの人なむ、いとうつくしげにてこそおはしけれ。はや、今日明日にても、迎へ奉らせ給へ。東の一の対かけてこそは、よく侍らめ」など聞こえ給へば、「いさや。心などの思ふやうによくもあらずは、ためにも、面目なくこそは。左の大臣おとどの、具者ぐさのやうにて、ゆうゆうと引き連れてありき給ふに、一人なれど、かれを押し伏すばかりものし給ふこそ、世の中の人も、『なかなか、かうて』と思ひたるを、なまよろしくてあるべき」とのたまへば、大将・尚侍かん大殿おとど聞こえ給ふ、「すべて、御心せばく思ほせばなりけり。たとひ、人の同胞はらから、なま悪くても、侍らむからに、それに付けてや、覚えの劣らむ。思ふやうにものし給はずとも、それに付けてこそ、いとど、かの優れたる様は見え聞こえ給ふべかめれ。いと心憂き御物言ひなりや。はや迎へ奉り給へ」と聞こえ給へば、「いさ、さ、はや、ともかくも」と聞こえ給ふ。




大将【藤原仲忠】は、すぐに右大臣【藤原兼雅。藤原仲忠の父】の殿に参って、「物忌みしようと、石作寺(かつて、現京都市西京区あたりにあったらしい)に籠もっておりましたが、しかじかの人と、お会いしたのです。はやく、今日明日にでも、迎えられますよう。住まいは東の一の対屋が、よろしいでしょう」と申せば、「それはどうだろう。気が進まぬことよ、お主【藤原仲忠】のためにもならぬであろう、面目が立たぬことよ。左大臣【源正頼】は、まるで具者([供の者])のように、多くの子を引き連れておるが、わしにはそなた一人、だがそなたはかれら【源正頼】を圧倒するほどの勢いぞ、世の中の人も、『なんと、りっぱなことよ』 と思っておるぞ、弟がおるというのはよろしくなかろう」と申しました、大将【藤原仲忠】・尚侍の大殿【藤原仲忠の母。清原俊蔭の娘】が申すには、「何を申します、何とお心の狭いお考えなのでしょう。たとえ、大将【藤原仲忠】の弟の、出来が多少悪くとも、大将【藤原仲忠】の弟なれば、兄弟ですから、評判が悪いはずはございません。望み通りの弟でないとしても、それに付けても、なおさら、大将【藤原仲忠】の優れた様を人は見聞きすることになりましょう。悪く考えすぎです。すぐに迎えなさいませ」と申したので、「ならば、迎えよう、今すぐ、ともかくも」と申しました。



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# by santalab | 2018-01-11 08:29 | 宇津保物語 | Comments(0)


「宇津保物語」楼の上(その12)

同じほどに出で給ふ。御君の御供に、殊に、人もなし。御迎へに参り給へるさるべき人、睦ましき人を、「参れ」とて添へ奉り給ふ。西の大宮なりけり。一町なれど、いみじうあばれて、いと幽かなり。祖母おばも、「かくなむ」と聞き給ひて、限りなく喜び給ふ。人どもに、菓物くだもの・肴など、清げにして出だし給へり。




大将【藤原仲忠】も女【宰相の上】と同じ頃に寺を出ました。君【小君】の供には、これといって、人はいませんでした。大将【藤原仲忠】は迎えに参った供にふさわしい者、懇意の者を、「供に参れ」と申して供に付けました。女の宿所は西大宮大路([大内裏西側に接していた通り])にありました。一町([300坪])の広さがありましたが、たいそう荒れて、たいそうみすぼらしい所でした。祖母は、「かくかくしかじか」と聞いて、限りなくよろこびました。供の者たちに、菓子・肴など、見た目よく出しました。


続く


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# by santalab | 2018-01-10 08:16 | 宇津保物語 | Comments(0)


「宇津保物語」楼の上(その11)

三日果てぬれば、出で給ひなむとす。「いづくより参り来べき」と聞こえ給へば、「言ひ知らぬ山里のやうになりたる侍り。御覧ぜむにも、いと怪しげになむ侍る」と聞こえ給ふ。




三日経って、女【宰相の上】は石作寺を出ようとしました。大将【藤原仲忠】が「どこから参られたか」と伝えると、「言いようもない山里のような所でございます。ご覧になられましたら、なんと怪しい所かと思われることでございましょう」と返事がありました。


続く


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# by santalab | 2018-01-03 18:16 | 宇津保物語 | Comments(0)


「宇津保物語」楼の上(その10)

またの日も、呼び奉り給ひて、御菓物くだものなど参り給へど、遊びのみし給ふ。大将の詩ずんじ給へば、声いとをかしうて、もろともに誦じ給へば、「いとうつくしう。誰か、教へ奉りしは」。「母上」と聞こえ給へば、「をかしかりけり」と思す。




次の日も、大将【藤原仲忠】は小君を呼んで、菓子などを出しましたが、小君は遊ぶばかりでした。大将【藤原仲忠】が漢詩を口ずさむと、とてもかわいらしい声で、一緒になって口ずさんだので、「なんとも美しい声だ。誰が、教えてくれたのだ」。「母上【宰相の上】が」と答えたので、大将【藤原仲忠】は「なるほど」と思うのでした。


続く


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# by santalab | 2018-01-02 18:46 | 宇津保物語 | Comments(0)


「宇津保物語」楼の上(その9)

日暮れて、屏風のもとにて対面し給へり。いとあてに、気配けはひなども、式部卿の君よりも、心憎く恥づかしげにものし給へり。院の女御の御声に思え給へり。若君の御事も、おいらかにのたまふ様、恥づかしげなり。「今、必ず、御迎へ侍りなむ。しかしかなむ、常に聞こえ給ふ」とのたまへば、「何か、みづからは。常語り弄ずる人にてはんべらむも、見苦し。心苦しう見給へる人は、かの御心は頼もしげなく思え給ふを、げに、御心留めさせ給はむこそは、頼もしう侍らめ」。大将、「いかが」など聞こえ給うて、「やがて率て奉らむ」とのたまへど、「今、先づ、『さる人』など聞こえ給はむに、『げに』と思し出づること侍らばこそ」とのたまふ。




日が暮れて、大将【藤原仲忠】は女【宰相の上】と屏風近くで対面しました。女はとても上品で、雰囲気も、式部卿の君【式部卿の宮の中の君。藤原兼雅の妻】よりも、奥ゆかしく恥ずかしそうな様子でした。院の女御【朱雀院の女御】の声に似ていました。若君【小君】のことを、穏やかに申す様も、恥ずかしげでした。「すぐに、必ず、お迎えに上がります。お連れするようにと、右大臣殿【藤原兼雅】も常々申しております」と申せば、「どうして、参ることができましょう。人に笑われる身になりますのも、つらいこと。出来の悪いこの子のことを、殿【藤原兼雅】は頼りにならぬと思うことでしょう、まこと、大将殿【藤原仲忠】が心に留めておられることを、頼もしく思っております」。大将【藤原仲忠】は、「どうしてでしょう」などと申して、「ここよりお連れします」と申すと、「それでは、まず、『そのような人がいた』と殿【藤原兼雅】に申し上げられて、『まことに』と思い出されるようなことがございますあば参ることにいたしましょう」と答えました。


続く


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# by santalab | 2018-01-01 06:53 | 宇津保物語 | Comments(0)


「宇津保物語」楼の上(その8)

小君には、「麻呂が弟におはしけれど、子のやうに思ひ聞こえむ」など、いとよう語らひ聞こえ給ふ。いと思ふやうにめでたき様にて、かうのたまへば、見馴らひ給はぬ幼き心地には、いとうれしくて、「まろも、思ひ聞こえむ」など聞こえ給ふに、「おはせ」とあれば、入り給ひぬ。御乳母めのとなど、限りなく喜ばしう思ふ。




小君には、「わたしの弟ではあるが、我が子のように思うことにしよう」など、懇ろに申しました。願うままのうれしい言葉を、かけられて、慣れぬ幼な心には、とてもうれしくて、「わたしも、そう思うことにします」など答えました、「こちらにおいで」と声がしたので、小君は局に入りました。乳母たちは、限りなくうれしく思いました。


続く


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# by santalab | 2017-12-01 20:51 | 宇津保物語 | Comments(0)


「宇津保物語」楼の上(その7)

思ひ当てに、かの見給ひし手よりは、いとなまめかしうあてに書きたれど、「それなめり。げに、まがへる心かな」と思す。立ち返り、「心憂く。もて離れては思されじものを。『今よりは、親などとこそ頼み聞こえさせむ』と思う給へられるれ。いと忠実まめやかに、年来、『いかでものせさせ給ふらむ』と嘆き聞こえ給ひて、『思ひのほかならむ御様にてものせさせ給はば、御迎へも、いかでか』などなむ聞こえ給ふ。一人、心細くて思う給ふるに、いとうれしく見奉るも、いと頼もしくなむ思え侍る。『殿をば、かたじけなけれど、さる方に思ひ聞こえ給ひて、心安く思はば、取り分きて』となむ、君には語らひ聞こえさする」と聞こえ給へり。




大将【藤原仲忠】の思うところ、あの歌の字に比べて、たいそう魅力的で上品な筆跡でしたが、「あの女に間違いない。まさか、疑っておるのでは」と思いました。再度、「悲しいことです。他人と思ってほしくはありません。『これからは、親とでも思って頼りにしてほしい』と思っております。右大臣殿【藤原兼雅】もたいそう心配して、最近は、『いったいどうしておるのであろう』と悲しんで、『もし思いもしない暮らしをしておるのなら、迎えに、行かぬことがあろうか』などと申しております。ただ一人、物忌みに出かけて心細く思っておりましたが、幸運にも巡り会うことができました、なんとも頼もしい仏であることかと思っております。『殿【藤原兼雅】を、もったいなくも、夫と思われて、頼みとされるのならば、とりわけ大切にするよう』と、君【宮の君。藤原仲忠の長男】にも話しましょう」と伝えました。


続く


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# by santalab | 2017-11-02 08:44 | 宇津保物語 | Comments(2)


「宇津保物語」楼の上(その6)

取り入れさせて、見給へば、「大将の御手なめり。いといみじう恥づかしう。いかに見給ふらむ」と思え給へど、「仏の御しるしもあらむ」と、うれしう思す。白き色紙に、「いとおぼつかなう思ひ給へらるれど。

渡り川 誰か尋ねむ 浮き沈み 消えては泡と なり返るとも
え思えずぞ侍る」とも書き給へり。




女は文を取り入れさせて、見れば、「大将【藤原仲忠】の字ではありませんか。なんと恥ずかしいこと。どう思っておられるのでしょう」と思いましたが、「仏のお陰でございましょう」と、うれしく思いました。白い色紙に、「きっとお人違いでございましょう。

渡り川([三途の川])を訪ねる人がおられるとはとても思えません。たとえこの身が浮いては沈み消えて泡のようにはかなくなろうとも。
まったく身に覚えのないことでございます」と書いてありました。


続く


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# by santalab | 2017-10-25 15:11 | 宇津保物語 | Comments(0)


「宇津保物語」楼の上(その5)

いとうつくしげに見給へば、見合はせ給ひて、扇して招き給へば、うちみて、ふとおはしたり。内に、いとあてなる声にて、「かれ呼び給へ。かの君は、いづちぞ。あな見苦し」と言へば、「おはしませ。おはしませ」と言へども、聞かず。大将、膝に据ゑ給ひて、「母君は、ここにか」とのたまへば、「おはすめり」。「が御子ぞ」。「知らず」。「御てては、誰とか、人は聞こゆる」。「『右の大将』とかや、人は言へど、まだ見え給はず。呼ぶなり。まうでなむ」とて立ち給ふ。「怪しきことかな。西の対の君にこそ。『稚児ありしを、ただ一目見ずて、祖母おば君になむ、かなしうて取り籠めてし』とのたまひしにやあらむ。いとあはれにもあべきかな。それにやあらむ。なほ、気色見む」と思して、硯召し寄せて、

「渡り川 いづれの瀬にか 流れしと 尋ねわびぬる 人を見しかな
思えさせ給ふや。忠実まめやかには、いかでか奉りにしかな。しるべは、いとよう、ここに」と書き給うて、上に近う使ひ給ふ童して奉り給ふとて、「この御返り賜うてなむ、若君を」と聞こえ給ふ。




大将【藤原仲忠】がなんと可愛い子かと眺めていると、目が合ったので、扇で招くと、微笑みながら、たちまちやって来ました。局の内から、とても上品な声で、「あの子を呼んでください。あの子は、どこですか。誰かに見られでもしたらとても恥ずかしいこと」と言ったので、乳母は、「こちらにおいで。こちらにおいで」と呼びましたが、子は言うことを聞きませんでした。大将【藤原仲忠】は、膝の上に子を乗せて、「母君は、ここにおられるのか」と訊ねると、「おります」。「そなたは誰の子か」。「知りません」。「父は、誰と、人は申しておる」。「『右の大将』とか、人は言いますが、まだ会ったことはありません。乳母が呼んでいます。行かなくては」と言って立ち上がりました。大将【藤原仲忠】は「不思議なこともあるものよ。西の対の君に違いない。『子が生まれたが、ただ一目も見ず、祖母君に、悲しいことに引き取られた』と申しておったのではないかな。たいそう哀れな話よ。きっとそうに違いない。なお、確かめてみよう」と思い、硯を召し寄せて、

「いずれの瀬に流れることかと、探し求めていた人ではありませんか。
あの歌を覚えていますか。ぜひ、右大臣殿【藤原兼雅】の許へお連れいたしましょう。案内のことは、心配ありりません、わたしに任せてください」と書いて、女が近く使う女童に文を渡して、「この返事をいただけば、若君をお返しします」と伝えました。


続く


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# by santalab | 2017-10-24 10:20 | 宇津保物語 | Comments(0)


「宇津保物語」楼の上(その4)

この御局の傍らにとどまりたる人、いとあてやかにゆゑゆゑしき声して、上に、人二人ばかり、下仕へなめり、人にいたうも隠れで、几帳のほころびより見えたるも、目安し。大徳だいとこの、御堂みだうの内より来ためれば、乳母めのとなるべし、さやうの大人大人しき声にて、「この君の御こと、よかんべく祈り給へや。『親におはする殿に知られ奉り給へ』と申し給へ。上いと心苦しうなむ思し嘆くを見奉る」など言ふ。「親子あるにやあらむ。あはれなることなりや。親を見ず知らざらむよ。誰ならむ」と聞き居給ふほどに、八つ九つばかりなむ男子をのこご、髪もよほろばかりにて、掻練かいねりの濃きうちき一襲、桜の直衣のいたう萎れ綻びたるを着て、白ううつくしげに、貴にうつくしげなる、化粧けさうもなく、ただ、見に立ち出でて、の方見立ちたり。よう見給へば、宮の君の顔に似たり。声は、いと貴になまめかしう、愛敬あいぎやう付きて、幼げにも、物など言ふ。




大将【藤原仲忠】の局のとなりに人がいました、とても優雅にして上品な声がしました、女房に加えて、女が二人ほど、下仕え([雑用を務めた女])でしょうか、人からさほど隠れもせず、几帳のほころび([衣や几帳などで、縫い合わせないで間をすかせてあるところ])より見えるのも、見苦しくありませんでした。大徳([高僧])が、御堂の内から現れると、乳母でしょう、相応の落ち着いた声で、「この君のこと、よろしく祈りなさいませ。『親であられる殿がこの君のことをお知りになりますように』と申されよ。上がたいそう心苦しそうに嘆いておられるのを知っておりますれば」などと言いました。「父親と離れた親子ではないか。哀れなことだ。あの子は父親に会ったこともなく誰かも知らずにいるのではないか。あの女はいったい誰であろう」と聞きいていると、八つ九つばかりであろう男の子が、髪の丈はよほろ([膝の裏側のくぼんだ部分])ほど、掻練([練って柔らかくした絹])の赤い袿([貴族の男性が狩衣や直衣の下に着た衣])一襲に、桜色の直衣([貴族の平常服])のたいそうくたびれて綻んだのを着ていました、白く美しく、品がありかわいらしい子が、愛想を振りまくこともなく、ただ、見に立ち出て、外の方を向いて立っていました。よくよく見れば、宮の君【藤原仲忠の長男】の顔に似ていました。声は、とても上品で若々しく、愛敬があり、幼いながらも、口調はしっかりしていました。


続く


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# by santalab | 2017-10-13 14:42 | 宇津保物語 | Comments(0)

    

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