Santa Lab's Blog


カテゴリ:松浦宮物語( 170 )



松浦宮物語




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by santalab | 2015-02-01 08:51 | 松浦宮物語 | Comments(0)


「松浦宮物語」三(偽跋その2)

これもまことの事なり。さばかり傾城けいせいの色に逢はじとて、婀娜あだなる心なき人は、何事に、かかることは云ひ置き給ひけるぞと、心得難く、唐にはさる霧のさぶふか。




たしかに道理です。けれども傾城の色には逢うまい(国を亡ぼすほどの美人には惚れるまい)と、申した浮気心も持たない人(白居易)が、なぜこのようなことを言い残したのか、判りません、唐には人を浮気にさせる霧でもあるのでしょうか。


(終)


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by santalab | 2015-02-01 08:49 | 松浦宮物語 | Comments(0)


「松浦宮物語」三(偽跋その1)

この物語、高き代の事にて、歌も言葉も、様ことに古めかしう見えしを、蜀山の道のほとりより、さかしき今の世の人の作り変へたるとて、無下に見苦しき事ども見ゆめり。いづれかまことならむ。唐土もろこしの人の「うちぬるなか」と云ひけむ、空言の中の空言をかしう。


貞観ぢやうぐあん三年四月十八日、染殿の西のたいで書き終はりぬ。


花非花霧非霧 夜半来天明去
来如春夢幾多時 去似朝雲覓処




この物語は、ずいぶん昔の話なので、歌も言葉も、今とはちがって古めかしく感じられますが、蜀山の道(「松浦宮物語」二)のあたりから今の世の人が作り変えて、まったく趣きを失っているところも見受けられます。元はどうだったのでしょう。唐土の人(宋玉そうぎよく)が「うちぬるなか」(『怠而昼寝 夢見一夫人』?)と書いた、空言の中の空言(夢の中での夢のような話)である『高唐賦』(楚の懐王が高唐で遊び疲れて昼寝をした時、夢の中で巫山ぶざんの神女と通じた。神女が去って行く時、朝には朝雲、暮れには通り雨となって参りましょうと申して、その通りになったという話)と申した、そのような話なのです。


貞観三年(861)四月十八日に、染殿(藤原良房よしふさの邸宅)の西の対屋で写し終わりました。


あなたは花のようにかぐわしいけれど花でもなく霧のように朧げながら霧ではない。
夜になるとやって来て夜が明けると去って行く。あなたはまるで朝雲のように去り、わたしだけが残されるのだ。(白居易)


続く


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by santalab | 2015-01-31 08:48 | 松浦宮物語 | Comments(0)


「松浦宮物語」三(その49)

「この奥も、本朽ち失せて離れ落ちにけり」と本に。




「この続きも、本が破損していてありません」と本に。


続く


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by santalab | 2015-01-30 08:09 | 松浦宮物語 | Comments(0)


「松浦宮物語」三(その48)

身をかへて しらぬうき世に さすらへて なみこす袖の ぬるるをやみむ

思ひ寄らぬ心さは、「これも曇りなきにや」と、空恥づかしきものから、
「しらぬ世も 君にまどひし 道なれば いづれのうらの なみかこゆべき

怪しう。夢のやうなる僻耳の聞こゆるかな。などかう心得ぬことは」と、責めて書き寄すれど、なほうちこぼれつつ、解けぬ御気色わりなき心の内には、「我も人に異なるゆゑを聞きしかど、世の常ならずあり難きみるめに契りを結びながら、なほ心に染みて物思ふべくもまれにけるかな」と思ふにも、また、「くみてやしられむ」と、並べてならぬ御様どもは、恥づかしうぞ思ひ乱れ給ふ。




人の身となって、見知らぬ憂き世にさすらうこのわたしの、浪越す袖(『松山と 契りし人は つれなくて 袖越す波に 残る月影』=『末の松山=現宮城県多賀城市付近にあったという山。を浪が越さぬように、行く末を約束したあなたはつれなくて、わたしの袖は浪が越えたようにすっかり濡れて、月影が映るほどです』。藤原定家さだいへ)が濡れているのが見えませんか。

思いもしなかった華陽公主の心疾さ([心疾し]=[感覚や知能の働きが鋭くてすばやい])に、弁中将は「気付かれたのでは」と、思わず恥ずかしくなって、
「見知らぬ世で君(華陽公主)に心惑わすのは定めなのです、いったいわたしの何を恨んで、涙を流しているのでしょう。

わたしが浮気をするとでも。まるで夢の中でありもしない話を聞いているようです。まったく身に覚えのないことなのに」と、弁中将は華陽公主に文を差し出しましたが、なおも華陽公主は涙を流して、心の内の不安は消えていないようでした、「わたしが人とは異なる運命を持っていると聞いたが、世にないほどの深く契り合った仲なのに([海松布]=[海草]。見る目=あなた)、どうして疑いの心を持つのか」と思うにも、また、「くみてやしられむ」(『恨むるに 浅さぞまさる 吉野川 深き心は 汲みて知らなむ』=『わたしの恨みの思いは吉野川より深いものです。わたしの心の奥底を推し量り知ってほしい』。『狭衣物語』)と、いつもとうって変わった表情を見て、弁中将は恥ずかしく心は乱れました。


続く


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by santalab | 2015-01-29 08:37 | 松浦宮物語 | Comments(0)


「松浦宮物語」三(その47)

もと馴れにけるや、映れる影の通ひ来るにや、いとしるにほひの似る物なきがうちかをる心地するに、時の間の隔ても、思ひ騒がるる心も消えて、御殿油召し寄せて、なほ守れど、火に輝き合ひて、ありつるばかりもさやかならず。鏡を懐に引き入れて、しばしうち臥しぬれど、胸より余る心地のみして、慰むところはなきものゆゑ、なほ近きは思ひ捨つまじきにや、あいなからむ夜れもまた心苦しうて、いたく更けてぞ、もとのやうにさし込めて、あだならず納め置きて、殿にかへり給へれば、悩ましき御心地に、並びなく待たれつるほどにも、打ち付けに心細うて入りおはするは、うれしう見遣り給へるに、いたう泣き給ひける目見まみの、例ならぬを怪し止め留め給ふに、寄りおはして、何やかやと聞こえ給ふままに、内ににほ御衣おんぞの世の常の香にもあらず、言ひ知らずめでたきが、思ひかけぬさきの世に、たぐひなしと身に染めし人の御かをりに、かすかに思えたるを、「怪しや。さば、この国にも、かかる類やあるべき」と、心置かれて、思ひの外なるに、裏なう待ちよろこびつる心の内の、少し恥づかしううち背かれて、涙の落ちぬるこそ、「我ながら、いつ習ひける心ぞ」と、思ひ知らるれ。




思い出してのことか、それとも鏡に映った影から通い来たのか、とても芳ばしい后の香りが漂うようような気がして、今生のわずかの別れも、思い乱れる心も消え去って、殿油([大殿油]=[宮中や貴族の邸宅でともす灯火])を取り寄せて、なおも鏡を見つめていましたが、ただ火の光が映るばかりで后の影は見えませんでした。弁少将は鏡を懐にしまうと、しばらく横になりましたが、胸の内の思いは止めようもなく、慰めることもできずに、まして后の悲しげな姿を忘れることができませんでした、ただどうしようもなく夜離れ([女のもとに男が通うのがとだえること])が心苦しくて、すっかり夜が更けてから、鏡を元通り閉じて、厳しく納めて、殿に帰ると、華陽公主は身重の身体で、弁中将の帰りを待ち遠しく思っているところに、言葉もなく帰るとしょんぼりとしていました、うれしく思いながらも見れば、たいそう泣き腫らした目元が、いつもと違ってどうしたのかと目を留めました、内から匂い立つ衣の香りは世のものとも思われず、言葉にならないほどすばらしいものでした、華陽公主はふと前の世に、ほかにないまでに美しい人の香りを、かすかに思い出して、「不思議なこと。后と同じ香りがする。この国にも、后のような人がいるのかしら」と、心配になりました、思いもしなかったことでした、心から弁中将の帰りをよろこぶ華陽公主でしたが、恥ずかしく思えるほどの嫉妬の心に、思わず涙がこぼれて、「我ながら、わたしに人を恨む心があるなんて」と、思い知らされるのでした。


続く


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by santalab | 2015-01-28 08:09 | 松浦宮物語 | Comments(0)


「松浦宮物語」三(その46)

霜月のかみの十日なれば、夕べの空は風すさまじく吹きて、大方おほかたの空の気色もよほがほなるに、水のうへすさまじかるべきを、ありし釣殿の方にぞ、おはしましける。御門の御忌み果てにければ、綾のもんなどあざやかなれど、殊なる色を尽くしては好み給はぬなりべし。しやうの琴、掻き鳴らして眺め入り給へる御様、なほ言ふ由なく、なぞや、うち慰みて過ぐしける我が心も、今さらに悲しうて、ただよよと泣かるれど、見付けられぬぞ甲斐かひなき。暮れ果つるまで、鏡のおもてに向かひて、流す涙も甲斐なく、暗うなれど、うちも置かれず。




霜月([陰暦十一月])の十日のことでした、夕べの空は風が激しく吹いて、今にも時雨そうな空模様でした、水の上はたいそう波立っていましたが、后はかつての釣殿([寝殿造りの南端の、池に臨んで建てられた周囲を吹き放ちにした建物])に、おられました。先帝の忌みも果て、后は綾の文様は色鮮やかでしたが、とりわけ贅を尽くしたものを后は好みませんでした。箏の琴を、掻き鳴らして遠くを眺めておられる姿は、たとえようもなく悲しげで、今こうして、心を慰めながら過ごす弁中将の心の内も、言いようもないほど悲しくなりました、后はただ泣いておられて、この姿を見せることができないのが悔やまれるのでした。日がすっかり暮れるまで、鏡の面に向かい、涙を流しましたがどうすることもできずに、暗くなって后の姿が見えなくなっても、鏡を置くことができませんでした。


続く


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by santalab | 2015-01-27 08:24 | 松浦宮物語 | Comments(0)


「松浦宮物語」三(その45)

かたく封ぜられて、「清まはり、しづかなる所で、開けらるべき」由を書き付けたる鏡なれば、この御祈りに事付けて、修法すほうなどせさせ給ふとて、寺に籠もり給へるついでにぞ、この鏡を開けたれば、見し世は定かに映りけり。




かたく閉じられて、「神聖で、人のいない所で、開けてください」と書き付けられた鏡でしたので、弁中将は華陽公主の安産の祈祷のついでに、修法([除災、招福などを目的 として、密教で実修される行法。加持祈祷])を行うために、寺に籠もりましたが、この鏡を開けてみると、かの国の后の姿がはっきりと映っていました。


続く


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by santalab | 2015-01-26 08:21 | 松浦宮物語 | Comments(0)


「松浦宮物語」三(その44)

いつしか深かりける契りなれば、しるき御気色にうち悩み給へる様、また心分けられむやは。行くすゑかけて、けにこちたき御契りには、また紛れ過ぐすも、あはれなり。




華陽公主との深い契り故、華陽公主は懐妊し、ますます弁中将の愛情は深いものとなりました。一方では行く末を、契った后のことも思い出されて、あれこれ思いは尽きませんでした。


続く


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by santalab | 2015-01-25 09:10 | 松浦宮物語 | Comments(0)


「松浦宮物語」三(その43)

心強く、振りへ思ひ立ちし道なれど、野山の木草・鳥の音まで、恥づかしき目移りの賎しさ、国の様・世の習ひ、ただかかる契り一つにや、げに琴に引かれにける身と思ひ知らるるには、本の国人、情けばかりの言の葉だに絶えて、うち忘れ給へるに、神奈備の皇女みこ、「怪しうも変はり果てにける心かな」と、妬く思すにや、

もろこしや わすれ草おふる 国ならむ 人のこころの それかともなき

とのたまへるにぞ、昔の事も思し出づる。
「もろこしの ちへのなみまに うきしづみ 身さへかはれる 心地こそすれ

賢さに」とあるを、心やましと見給ふ。




覚悟の上で、入唐を決心した弁中将でしたが、野山の木草・鳥の音まで、まったく違っていることに戸惑い、異国での暮らし・世に交わったことも、華陽公主と出会うためであった、この運命のために、琴に導かれたのだと思い知らされて、本の国人(神奈備の皇女)とは情けばかりの文さえ途絶えて、忘れていましたが、一方神奈備の皇女は、「あの人の心はすっかり変わってしまった」と、妬ましく思い、

唐土には忘れ草でも生えているのですか。わたしを忘れてしまったのは、そのせいかしら。

と文を送ったので、弁中将もかつてのことを思い出しました。
「唐土への千重の浪間に浮き沈みしているうちに人も変わってしまいました。そしてあなたもかつてのあなたではなく、都に住む人ですから。

畏れ多くて」と返事がありました、神奈備の皇女は心が咎められるような気がするのでした。


続く


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by santalab | 2015-01-24 09:08 | 松浦宮物語 | Comments(0)

    

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