Santa Lab's Blog


カテゴリ:徒然草( 6 )



「徒然草」第二百四十一段(その2)

所願を成じて後、いとまありて道に向かはむとせば、所願尽くべからず。如幻の生の中に、何事をかなさん。すべて所願皆妄想なり。所願心に来たらば、妄心迷乱すと知りて、一事をもなすべからず。直ちに万事を放下して道に向かふ時、さはりなく、所作なくて、心身長くしづかなり。




所願をなした後、余命あって仏道に進もうと思い立てば、所願は尽きないでしょう。如幻([幻のようにはかないこと。無常のたとえ])の世の中で、何をなそうとしてのことか。すべて所願は皆妄想に過ぎないのに。所願を思い立ったならば、妄心迷乱([誤れる心])のせいと思い、何もしないことです。たちまち万事を放下([一切を放り投げて無我の境地に入ること])して仏道に向かえば、障り([妨げ])なく、所作([身・口・意の三業さんごふ=ここでは悪業。が発動すること。能作に対していう])もなく、心身は長く穏やかでいられることでしょう。


続く


[PR]
by santalab | 2015-07-31 00:15 | 徒然草 | Comments(0)


「徒然草」第二百四十一段(その1)

望月のまどかなる事は、暫くもじようせず、やがて欠けぬ。心留めぬ人は、一夜のうちに、さまで変はる様も見えぬにやあらん。病ひの重るも、住する隙なくして、死期すでに近し。されども、いまだ病ひ急ならず、死に赴かざるほどは、常住平生の念に習ひて、生のうちに多くの事を成じて後、しづかに道を修せむと思ふほどに、病ひを受けて死門に臨む時、所願一事も成ぜず。言ふ甲斐かひなくて、年月の懈怠けだいを悔いて、この度もし立ち直りて命を全くせば、夜を日に継ぎて、この事かの事、怠らず成じてんと、願ひを起こすらめど、やがて、重りぬれば、我にもあらず、取り乱して果てぬ。この類のみこそあらめ。この事先づ人々急ぎ心に置くべし。




望月([満月])は真ん丸ですが、しばらくも止まらず、すぐに欠けてしまうものです。気にも留めぬ人は、一夜のうちに、月が姿を変えることを見てはいないのでしょう。病いを重らせれば、同じく止まる隙もなく、死期はすでに近いのです。けれども、まだ病いに冒されず、死に赴くことのないほどは、常住平生([常日頃])念仏を唱えながら、命あるうちに多くの事をなして後、心静かに仏道を修行しようと思いますが、病いを受けて死門に臨む時になり、所願の一つも成就していないことに気付くのです。言い訳もできず、ひたすら年月の懈怠([善を修し、悪を断ずることにおいて怠る心])を悔いて、もしこの病いが平癒して命をまっとうできるのならば、夜を日に継いでも、この事あの事を、怠らず成就しようと、願いを起こしますが、やがて、病い重らせて、我を忘れて、取り乱し果てるばかりです。この世はこういう輩ばかりです。このことをまず急ぎ覚えておかれますよう。


続く


[PR]
by santalab | 2015-07-31 00:13 | 徒然草 | Comments(0)


「徒然草」第二百四十二段

とこしなへに、違順に遣はるる事は、偏へに苦楽の為なり。楽と言ふは好み愛する事なり。これを求むる事止む時なし。楽欲ごうよくするところ、一つには名なり。名に二種あり。行跡と才芸とのほまれなり。二つには色欲、三つにはあぢはひなり。よろづの願ひ、この三つには如かず。これ顛倒の相より起こりて、若干そこばくの煩ひあり。求めざらむには如かじ。




永遠不滅のことに、違順([逆境と順境。不満足と満足])に執着するのは、つまるところ苦楽のためなのです。楽というのは興味を持ち愛着するということです。楽を求めることを止むことはありません。楽欲([欲望])が生じるのは、一つは名誉のためです。名誉には二つあります。行跡([功績])と才芸の名声です。二つ目は色欲、三つ目は食欲です。願いの中で、これらに勝るものはありません。これらは顛倒の相([四顛倒]=[真の仏の智慧からみれば誤っている四つの考え。無常を常、苦を楽、無我を我、不浄を浄と思う凡夫の間違った考え])より起こり、少なからず悩みを伴います。欲を求めないに越したことはありません。


続く


[PR]
by santalab | 2015-07-30 18:27 | 徒然草 | Comments(0)


「徒然草」第二百四十三段

八つになりし年、父に問ひて云はく、「仏はいかなるものにか候ふらん」と言ふ。父が云はく、「仏には人のなりたるなり」と。また問ふ、「人は何として仏にはなり候ふやらん」と。父また、「仏のをしへによりてなるなり」と答ふ。また問ふ、「教へ候ひける仏をば、何が教へ候ひける」と。また答ふ、「それもまた、さきの仏の教へによりてなり給ふなり」と。また問ふ、「その教へ始め候ひける第一の仏は、いかなる仏にか候ひける」と言ふ時、父、「空よりや降りけん、土よりや湧きけん」と言ひて、笑ふ。


「問ひ詰められて、え答へずなり侍りつ」と諸人に語りて興じき。




わたしが八つの年、父に訊ねました、「仏とはどういうものですか」と。父が申すには、「仏とは人がなるものぞ」と。また訊ねました、「人はどうして仏になるのですか」と。父はまた、「仏の教えによってなるのだ」と答えました。またわたしは訊ねました、「その教えを授ける仏は、何が教えたのですか」と。また答えました、「仏もまた、前の仏の教えによって仏になったのだ」と。また訊ねました、「その教えの始めた第一の仏は、どのようにして仏になったのですか」と訊ねると、父は、「空より降ったのだろうか、それとも土の中から現れたか」と申して、笑いました。


後に父は「問い詰められて、答えることができなかった」と諸人に話して面白がったそうです。


[PR]
by santalab | 2015-07-30 09:19 | 徒然草 | Comments(0)


徒然草


[PR]
by santalab | 2015-07-30 08:54 | 徒然草 | Comments(0)


「徒然草」序段

つれづれなるままに、日暮らし、硯に向かひて、心に移り行く由無し事を、そこはかとなく書き付くれば、怪しうこそ物狂ほしけれ。




暇をもてあまして、日を暮らすのもどうかと、何とはなしに硯に向かい、心に浮かぶままに由無し事([とりとめもないこと])を、あれやこれやと書き付ければ、不思議なことに筆が止まらなくなりました。


[PR]
by santalab | 2015-07-30 08:52 | 徒然草 | Comments(0)

    

Santa Lab's Blog
by santalab
カテゴリ
以前の記事
フォロー中のブログ
最新のコメント
ただおし出づるままに の..
by SiNa at 21:40
「義経記」の御紹介記事を..
by Magohati38 at 02:04
すばらしいサイト おかげ..
by johsei1129 at 23:54
青き花咲く大地 気高き..
by 北朝鮮の水爆に十神山も激怒 at 02:50
全然現代語訳できてない
by あ at 02:04
 その島根県(旧出雲国東..
by 民俗学者 at 23:34
うーん、松島からまた仙台..
by 五十嵐洋(秋田県大館市) at 00:51
「下野の室の八嶋にて待て..
by 八島 守 at 12:03
ひょんな事から、このブロ..
by yoshy at 18:50
すみません、日本語の起源..
by 春日 at 21:17
メモ帳
最新のトラックバック
ライフログ
検索
タグ
その他のジャンル
ブログパーツ
最新の記事
外部リンク
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧