Santa Lab's Blog


カテゴリ:方丈記( 21 )



「方丈記」三(その3)

ここに、六十の露消え方に及びて、更に末葉の宿りを結べる事あり。言はば旅人の一夜の宿りを作り、老いたるかいこの繭を営むが如し。これを中頃の住みかに並ぶれば、また百分が一に及ばず。とかく言ふほどに齢は年々にかたぶき、住家は折々にせばし。その家の有様、世の常にも似ず。広さは僅かに方丈、高さは七尺が内なり。




こうして、六十の露が消える時、さらに俗世を隔てた場所に庵を結びました。言うならば旅人が一夜の宿を立て、老いた蠶が繭を作ったようなものです。この庵を中頃の住みかに比べれば、とうてい百分の一にも及ばないものでした。そうこうするうちに、齢は年々傾き、住みかは度ごとに狭くなったのです。その家の有様は、とても世の普通のものではありませんでした。広さはわずかに方丈(四畳半より少し広いほど)、高さは七尺(約2.1m)に満たないものです。


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by santalab | 2015-08-20 08:52 | 方丈記 | Comments(0)


「曽我物語」三浦の与一を頼みし事(その2)

曽我の五朗ごらう、この事を聞き、兄にまうしけるは、「我らが最後こそ、近付きさうらへ。知ろし召され候はずや。国々のさぶらひどもかへさずして、富士野を御狩みかりあるべきにて候ふなる。永らへて思ふも苦しし。思し召し定め候へ」と言ひければ、祐成すけなり聞きて、「嬉しきものかな。今度は、程近ければ、むま一匹づつだにあらば、差しあらはれて、御供申すべし」。




曽我五朗(曽我時致ときむね)は、これを聞いて、兄(曽我祐成すけなり)に申すには、「我らの最後が、近付いたようです。知っておられますか。国々の侍どもを帰すことなく、富士野で御狩されるそうです。永らえて敵討ちを想い続けるのは心苦しいことです。覚悟を決めましょう」と申せば、祐成はこれを聞いて、「うれしいことを聞いた。今度は、程近い所だ、馬一匹ずつさえあれば、出かけて行ける所よ、お供しようではないか」。


続く


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by santalab | 2015-08-20 08:48 | 方丈記 | Comments(0)


「方丈記」三(その2)

雪降り風吹く毎に、危うからずしもあらず。所、河原近ければ、水の難も深く、白波の恐れも騒がし。すべて、あられぬ世を念じ過ぐしつつ、心を悩ませること、三十余年なり。その間、折々のたがひ目に、おのづから短き運を悟りぬ。すなはち、五十の春を迎へて家を出で、世を背けり。もとより、妻子なければ、捨て難きよすがもなし。身に官禄あらず。何につけてか、執を留めむ。空しく大原山の雲に付して、いくそばくの春秋をなん経にける。




雪降り風吹くごとに、不安に思わないことはありませんでした。所は、河原に近く、水難も深く、白波も恐ろしいほどに騒がしい場所です。すべて、みっともなくもこの世が平穏であることを念じて過ごせるよう、心を悩ませて、三十余年になります。その間、折々の違い目([違っているところ])に、おのずから運のなさを悟りました。そういうことで、五十の春を迎えると家を出て、俗世から離れました。もとより、妻子もおらず、捨て難い縁([身寄り])もありません。官禄([官位と俸禄])もありません。どうして、俗世に未練がありましょう。空しく大原山(現京都市左京区)の山奥に住んで、どれほどの年月を送ったことでしょう。


続く


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by santalab | 2015-08-20 01:12 | 方丈記 | Comments(0)


方丈記






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by santalab | 2015-08-20 01:10 | 方丈記 | Comments(0)


「方丈記」三(その1)

我が身、父方の祖母の家を伝へて、久しくかの所に住む。その後、縁欠けて、身衰へ、しのぶ方々繁かりしかど、遂に跡留むることを得ず。三十みそじ余りにして、更に我が心と一つのいほりを結ぶ。これをありし住まひに並ぶるに、十分が一つなり。居屋ばかりを構へて、はかばかしく屋を造るに及ばず。わづかに築地をけりといへども、門立つる方便たづきなし。竹を柱として、車を宿せり。




わたしは、父(鴨長継)方の祖母の家を継いで、長くそこに住んでいました。その後、縁欠けて(父長継の死)より、身は衰え、縁故の地は数多くありましたが、遂に跡を留めることはありませんでした。三十余りにして、我が心に適う一つの庵を結びました。これをかつての住まいに比べると、十分の一の広さでした。居屋ばかりを構えて、満足に屋を造ることもありませんでした。わずかに築地([土塀])を築きましたが、門を立てる方便([手段])はありませんでした。ただ竹を門柱として、車を留めました。


続く


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by santalab | 2015-08-20 01:08 | 方丈記 | Comments(0)


「方丈記」二(その1)

われ、物の心を知りしよりこの方、四十年よそぢ余りの春秋を送れる間に、世の不思議を見ること、やや度々になりぬ。




わたしは、物心付くようになって、四十年余りの年月を送ってきました、世の不思議に遭うことが、多くありました。


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by santalab | 2015-08-14 21:27 | 方丈記 | Comments(0)


「方丈記」一(その3)

あしたに死し、ゆふべに生まるる習ひ、ただ水の泡にぞ似たりける。知らず、生まれ死ぬる人、何方いづかたより来たりて、何方へか去る。また知らず、仮の宿り、が為に心を悩まし、何によりてか、目を悦ばしむる。その主人あるじと住みかと、無常を争ふ様、云はば、朝顔の露に異ならず。あるは、露落ちて花残れり。残るといへども、朝日に枯れぬ。あるは、花は萎みて露なほ消えず。消えずといへども、夕べを待つことなし。




朝に死し、夕べに生まれる習いもまた、ただ水の泡のようなものではないでしょうか。わたしは知らない、生まれ死ぬ人が、どこから来て、どこへ去って行くのでしょう。また知らず、仮の宿り([一時的な住まい])で、何を思って悩み、何故に、よろこびをなすのか。その主人にしても住みかにせよ、無常([この現象世界のすべてのものは生滅して、とどまることなく常に変移しているということ])を争っているように思えます。例えるなら、朝顔の露そのもの。あるいは、露は落ちて花は残ります。残ったところで、朝日に枯れてしまうのに。あるいは、花は萎み露はなお消えずに残るようなものです。消えずとしたところで、夕べを待つことはありません。


続く


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by santalab | 2015-08-14 21:23 | 方丈記 | Comments(0)


「方丈記」一(その2)

玉敷きの都の中に、棟を並べいらかを争へる、たかき卑しき人の住居すまゐは、代々よよを経て尽きせぬものなれど、これをまことかと尋ぬれば、昔ありし家は稀なり。あるは、去年こぞ焼けて今年は造り、あるは、大家おおいえ滅びて小家こいえとなる。住む人も、これに同じ。所も変はらず、人も多かれど、いにしへ見し人は、二・三十人が中に、わづかに一人・二人なり。




玉敷き([玉を敷いたように美しいこと])の都の中に、棟を並べ甍を争う、身分の高いまたはそうでない人の住居は、代々を経ても尽きることがないように思えますが、本当かと尋ねてみれば、昔からの家は稀です。あるいは、去年焼けて今年は造られたもの、あるいは、大家は滅んで小家となっています。住む人にしても、同じこと。所も変わらず、人も多くいますが、昔より馴染みのある人は、二・三十人の中に、わずかに一人・二人ばかりです。


続く


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by santalab | 2015-08-11 08:25 | 方丈記 | Comments(0)


「方丈記」四(その8)

それ三界は、ただ心一つなり。心もし安からずば、象馬七珍ぞうめしっちんも由なく、宮殿・楼閣も望みなし。今さびしき住まひ、一間のいほり、みづからこれを愛す。おのづから都に出でて、身の乞丐こつがいとなれることを恥づといへども、帰りてここに居る時は、他の俗塵ぞくじんに馳する事をあはれむ。もし人、この言へることを疑はば、魚と鳥との有様を見よ。魚は水に飽かず。魚にあらざれば、その心を知らず。鳥は林を願ふ。鳥にあらざれば、その心を知らず。閑居の気味もまた同じ。住まずして、誰か悟らん。




言わば三界([欲界・色界・無色界の三つの総称。欲界とは淫欲と食欲がある衆生の住む世界で、地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天の六種])は、ただ心の持ち方一つで決まるのです。心が安らかでなければ、象馬七珍([七宝]=[仏教で、七種の宝。無量寿経では金・銀・瑠璃るり玻璃はり硨磲しやこ・珊瑚・瑪瑙めのう。法華経では金・銀・瑪瑙・瑠璃・硨磲・真珠・玫瑰まいかい=中国に産する美石の一])を所有したいとも思わず、宮殿・楼閣に住みたいと望むこともありません。今侘しい住まいである、ただ一間の庵に住んでいますが、わたしはここに好んで住んでいます。自ら都に出て、乞丐([乞食]=[金銭・食べ物などを人からもらって生きていくこと])をしなければならないことを恥ずかしく思いますが、帰ってこの庵に居る時は、他の人が俗塵([俗世間の煩わしい事柄])にせわしなくしていることを憐れむのです。もし他の人が、わたしの申すことを疑うのであれば、魚や鳥のことを思われよ。魚は水を嫌うことはありません。魚でないわたしたちには、その心は分かりません。鳥は林を好みます。鳥でないわたしたちには、その心は分からないものです。閑居の気味([心身に感ずる,快・不快の気持ち])も同じなのです。住まなければ、悟ることはありません。


続く


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by santalab | 2015-08-10 00:19 | 方丈記 | Comments(0)


「方丈記」四(その7)

すべてかやうの楽しみ、富める人に対して言ふにはあらず。ただ我が身一つにとりて、昔と今とを、なぞらふるばかりなり。




このような楽しみを、富める人に対して申しているのではありません。ただ我が身にとって、昔と今とを、思い比べて申すばかりのことなのです。


続く


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by santalab | 2015-08-10 00:14 | 方丈記 | Comments(0)

    

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