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明日に向かって走れ(愚か故に考えなしに?)

いつか、「もう走りたくない」と思う日が来ると思っていた人は、賢いのかも知れない。走るのを止めて「トボトボ」歩く、立ち止まる、みっともないと思うのだけれど。「一歩」も歩けなくなるまで「走り続ける」のは愚かなこと。だって「ゴール」を見てないからね。


「いいえ、必死で歩いてるの、決して諦めた訳じゃない」。世の中に「泣き言」は通用しないことを知らなかったことこそ「愚か」。常に「走り続ける」ことを求められる、そんな「世の中」なのかもしれない、などと「いまさらながら言い訳」。


「ご利用は計画的に」って言葉、「バカじゃない」って思っていたけれど、だってそうじゃない、「明日のことも見えないのに、何が計画的なのか」。でも、今思うことは「歩かないこと」。そうすれば、結果的に「よくなるような気がする」。


「あたいは歩きすぎて、彼女にも置いてきぼりに」。いまさらながら思うのです。


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by santalab | 2014-10-31 22:19 | 独り言 | Comments(0)


「松浦宮物語」二(その12)

燕のいくさに行き遭はむを命の限りと思ひて来つる道に、はからず敗れ退くを見て、海に入り山に隠れつる軍、おほくはこの手にかかりて、名を知られ官ある人、言ふかひなく生けながら捕られたるをだに、思ひの外に思ひよろこぶに、かの八人が同じ所に斬り散らされたる刀の跡を見るに、各々驚く気色限りなし。もろともに、昨日おはしましし仮の宮にかへまゐりぬ。




一方尉遅憲徳の軍は燕軍との合戦を命の限りと覚悟してやって来ましたが、思いかけず燕軍が敗れ退くのを見て、海に入り山に隠れた軍兵の、多くを手にかけて、名を知られた官人たちが、たちまちに生け捕られました、軍兵どもは思いもしなかったこととよろこびましたが、宇文会たち八人が一所に斬り倒された刀疵を見て、皆たいそう驚きました。弁少将は尉遅憲徳とともに、昨日より帝がおられる仮宮に帰って行きました。


続く


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by santalab | 2014-10-31 20:17 | 松浦宮物語 | Comments(0)


「松浦宮物語」二(その11)

「かれを見て逃げ走るとも遁るべきにあらず。今は同じく死なむ命ならば、かたきに向かひてこそ身を失はめ」と、退く兵をもよほして、さきの如く山にうち上りて、またかれを待たむとする気色やしるしかりけむ、今来るいくさ使ひを走らせて、「河南道かむなむだうの行台かうだい右衛いうえい将軍徐州じよしうの刺史しし尉遅憲徳うつちけむとく−先帝の殊に重くし給ひし人、とほさかひをさめて、国の悲しびに遭はず、つはもの起こりぬる由を聞きて馳せまゐりつれど、宇文会うぶむくわいいくさに隔てられて、しばらく進む事を得ざりつるに、今夜戦すでに向かひ合ひぬと聞きて、馳せ来たる」由を言はせたり。こなたの兵も、かねてその心ざしを知りて、夜昼頼みをかけ、待ち望む人なれば、各々泣く泣くよろこびの涙を流して、待ち付けて、あひともにかへまゐらむとす。とほくては後ろも見えざりつれど、昨日追ひ越しいくさには向かふべくもあらざりけり。三千騎ばかりぞありける。




弁少将は「軍を見よ走り逃げたとしてもとうてい遁れることはできない。もとより死ぬ覚悟だ、敵と戦って死のう」と思って、逃げる兵を集めて、前のように山に上り、軍がやって来るのをじっと待ちました、軍は使いを寄越しました、「河南道(現山東省・河南省全境、江蘇かうそ省北部、安徽あんき省北部)行台([中国、魏・晋から唐初までの役所名の一。尚書省の役人が臨時に地方へ出張して事務を執った所])右衛将軍徐州(現山東省南部から江蘇・安徽両省北部一帯)刺史([古代中国の官名。漢代は郡国の監察官。隋・唐代では州の長官])尉遅憲徳という、先帝にとりわけ重用された人の使いとして参りました、都を離れ遠国を治めていたため、国の悲しみに遭うこともありませんでしたが、兵が起こったと聞いて急ぎ参ったところ、宇文会の軍兵に行く手を阻まれて、しばらく進むことができませんでした、今夜合戦があると聞いて、急ぎ参りました」と告げました。帝方でも、かねてより忠心を知り、夜昼頼りにし、待ち望んでいた人でしたので、帝方は泣く泣くよろこびの涙を流して、尉遅憲徳が到着するのを待って、ともに帝の許へ帰ろうと思いました。尉遅憲徳の軍は多勢で後ろも見えないほどでしたが、それでも昨日通り過ぎた敵にははるかに及びませんでした。尉遅憲徳の軍は三千騎ほどでした。


続く


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by santalab | 2014-10-31 20:11 | 松浦宮物語 | Comments(0)


「松浦宮物語」二(その9)

もとより、我が手のれたるを頼みて、人を用ひる心なくて、みだりがはしく駆り集めたいくさなれば、名をしみ、はぢを知る者なし。山に隠れ水に入り、よろひを脱ぎ弓矢を捨てて、惑ひ逃るるを、目にかかるに従ひてうち散らしつるに、日のいまだ出でぬさきに、三万の軍、向かひ合ひて戦はむとする者なし。様々の物を持たせて、月日を渡るべき構へをしたれば、疲れたる軍糧を得て、かつがつ楽しびよろこぶ。同じ姿十人と見つる人は、ぬらむ方も知らず。ただ今は、知らぬ国の人と誹りし心どもにも、いかでかこれを思ひよろこばざらむ。心の内にはまして、身の助かりぬるに付けて、恥思ふらめど、いささか我が身の力と思はず、ただ賢きはかりごとのむなしからぬを誉め奉る。千余人の軍、宇文会うぶむくわいが手にかかりつる二十人ばかりならでは、疵付き傷める者なし。




宇文会はもとより、武芸に長けていることに自信を持っていたので、人に頼るつもりもなく、手当たり次第に駆り集めた軍兵でしたので、名を惜しみ、恥と思う者はいませんでした。山に隠れ水に入り、鎧を脱ぎ弓矢を捨てて、あわて逃げる敵を、見付けては矢を放ったので、日がまだ上らぬ前に、敵の三万の軍兵の、一人として戦いを挑む者はいませんでした。軍兵たちは様々の物を持ち、月日に渡る戦の用意をしていましたので、帝方は疲弊していたところに軍糧を得て、久しぶりに空腹を癒しました。同じ姿の十人と見た人は、どこに消えたか知れませんでした。今となっては、知らぬ異国の人と蔑んでいた者も、弁少将をたたえよろこばないはずがありませんでした。心の内ではまして、弁少将のお陰で命が助かったと思えば、今までのことを恥ずかしく思って、わずかも己の力とは思わず、ただ秀れた策によりあっという間に敵を倒すことができたと弁少将を誉めたたえました。帝方の千人余りの兵は、宇文会に討たれた二十人ほどのほかは、疵を負った者さえいませんでした。


続く


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by santalab | 2014-10-31 20:07 | 松浦宮物語 | Comments(0)


「松浦宮物語」二(その10)

安みよろこべる心例へむ方なきに、また越し方より、つはもの数もなく見えて、遥かなる浜をうち出でたるに、各々心惑ひて、騒ぎ逃げ去らむとするに、いくさの猛を見るに、そのいきほひすでに及ぶべからず。




宇文会を討ち取り安心しよろこんでいると、またやって来た方より、兵が数え切れないほど見えたので、兵どもは山を下りて遥か海原に面する浜に出ました、各々恐れ慄いて、あわてて逃げようとしましたが、軍兵の数を見て、とても叶わないと思いました。


続く


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by santalab | 2014-10-31 20:05 | 松浦宮物語 | Comments(0)


「増鏡」久米の佐良山(その20)

中務なかづかさ御子みこも、土佐におはしまし着きて、御送りの武士に賜はせける。

思ひきや 恨めしかりし 武士の 名残りを今日は 慕ふべしとは

かやうのたぐひ数多あまた聞こえしかど、何かはさのみ。皆人もゆかしからず思さるらんとてなん。




中務の宮(第九十六代後醍醐天皇の第一皇子、尊良たかよし親王 )も、土佐国にお着きになられて、見送りの武士に歌を贈りました。

恨めしく思っていた武士たちであるが、別れともなると、さすがに恋しく思うものだな。

このような話を、たくさん聞いたものでございますが、本当のところどうでございましたか。人は皆そのような話が好きでございますれば。


続く


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by santalab | 2014-10-31 07:03 | 増鏡 | Comments(0)


「増鏡」久米の佐良山(その19)

海面うみづら よりは少し入りたる国分寺と言ふ寺を、よろしき様に取り払いて、御座おはしまし所に定む。今はさは、かくてあるべき御身ぞかしと、思ししづまるほど、なほ夢の心地して、言はん方なし。そこらまゐりしつはものどもも罷んづれば、掻い湿りのどやかになりぬる、いとど心細し。昔こそ、受領ずりやうどもも、任のほどその国をしたため行ひしか。この頃はただ名ばかりにて、いづくにも守護と言ふ者の、目代よりはおぞましきを据ゑたれば、武家のなびきにてのみ、おほやけざまの事は、よろづ疎かにぞしける。葛城かつらぎ大君おほきみを、陸奥みちの国へ遣はしたりけんも、かくやとあはれなり。




海岸より少し入った所にございました国分寺と申す寺を、(隠岐国分寺。現島根県隠岐郡隠岐の島町にある寺)と申す寺を、調えられて、御所に定められたのでございます。今は、ここに住む身かと、悲しまれながらも、なお夢のような心地がして、なんとも言いようのないものでございました。ここまでお供として付き従った兵たちが、去ると、急にさびしく手持ち無沙汰になられて、後醍醐院(第九十六代天皇)はいっそう心細くなられたのでございます。昔であれば、受領([国守])が、任期の間はその国を治めておりました。この頃ではただ名ばかりで、どの国も守護([諸国の治安・警備に当たった職])と申す者で、目代([国守の代わりに任国に赴いて執務する私的な代官])よりも恐ろしい者を置いて、武家(鎌倉幕府)ばかりを気にして、公(朝廷)のことは、すべてないがしろにしておりました。葛城の大君(葛城王=橘諸兄もろえ)を、按察使あぜちとして陸奥国へ遣わした時も、このように悲しまれたのかと思えば哀れでございました。


続く


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by santalab | 2014-10-30 08:19 | 増鏡 | Comments(0)


明日に向かって走れ(最後の力を振り絞って)

会えないと思えば、諦めもつくはず?もなけれども、最後の最後までなんとか踏ん張って乗り切ることはさほど困難だとも思えず(嘘々)。ただただ「その時」を忘れるふりでもして遣り過ごせばいいだけのことだから。


されど想い消えやらぬままに時を戻せば。確かには「時」は戻るはずもなく、あたいが振り返り見たと錯覚しているだけのことで、けれど「会わない」と心に決めた誓いはもろくも崩れ去って、残るのは「遣りきれない」想い。前にもそして決して二度は訪れない「後」。


こんなんだったら、せめて「二度と顔を見せないで」、ってのこのこ出かけて行くのはののあたいじゃん。「こうなることは、はじめから分かっていたの」みたく乙女チックに嘆いてみても、てんで「武器」にもなりませぬ。おどけてみてもただ白い世界の中に独り居て下界に「反応なし」。


壊れていくのには、「適温」かしら。


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by santalab | 2014-10-29 22:04 | 独り言 | Comments(0)


「松浦宮物語」二(その8)

向かふつはもの数のままに捕りひしがむとするに、「後ろ方に秀れて弓射る者あり」と聞きて、馳せかへる。夜の白むほどに、かれと見付くるままに、飛ぶが如くにかかるを、引きまうけたる矢にてよろひの空き間を射るに、矢を受けながらいささかたはむところなく、太刀を抜きて、伴ふ兵七八人もろともに、一人を中に取り込めむと、むまかしらを並べて馳せかかる時に、せむ方なくて、我も太刀を抜きて打ち合はむとするを、物の数とも思はず、我が手に入れたる物のやうに思へるに、一人と見つる左右に、かたち姿・馬鞍まで、ただ同じ様なる人四人、たちまちに出で来ぬるに、猛き心もしばしとどこほりて、見定めて討たむとするに、ただ同じ様なる人また五人、宇文会うぶむくわいが後ろに馳せかけて、並べる八人が太刀抜きたる右の肩より、竹など打ち割るやうに、馬鞍まで一刀ひとかたなに割り裂きつる時に、とほく見る者、またこの人に弓を引き、刀を抜きて向かはむと思ふなし。




宇文会は向かう敵をすべて打ち倒そうとしましたが、「後ろに強弓を射る者がいます」と聞いて、馳せ返りました。夜の白々と明けるほどに、奴と見て、まるで飛ぶが如くに打ってかかるところを、引きためていた矢で鎧の隙間を射ましたが、宇文会は矢を受けながら少しもひるむことなく、太刀を抜いて、引き連れた兵七八人とともに、この者一人を中に取り込めようと、馬の頭を並べて馳せかかりました、射手は弓をあきらめて、太刀を抜いて打ち合おうとしたので、宇文会は太刀なら相手にもならぬ、首を捕ったも同じと思っていましたが、一人と思ったその左右に、姿かたち・馬鞍まで、まったく同じに見える者が四人、たちまち現れて、荒々しい心もしばらく鎮まり、敵を見定めて討とうとするところに、まったく同じ姿かたちの兵がまた五人、宇文会の後ろから馳せかけて、並んだ八人が太刀を抜いた右肩より、まるで竹を打ち割るように、馬鞍まで一刀に宇文会を斬り裂きました、遠くでこれを見た敵軍は、この者たちに弓を引き、刀を抜いて立ち向かおうと思う者はいませんでした。


続く


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by santalab | 2014-10-29 21:06 | 松浦宮物語 | Comments(0)


「松浦宮物語」二(その7)

大将軍宇文会うぶむくわいあめの下並びなきつはものにて、力のたへ、身の足れる事、世の常の人に似ず。その名を聞きてだに、震ひ恐れぬ人なし。後ろにかたきを得たれども、驚き恐るる心なし。進む方の先に立ちたれば、防ぐいくさに遭ひて、独孤栄とつこえいを見付くるままに、飛ぶが如くに馳せ合ひて、その身を引き寄せて、言問はず首を打ち落とすを見て、また向かはむとする者なし。




大将軍宇文会は、天下に並びない兵でした、力の妙([不思議なほどに勝れている様])、身体つきは、世の常の人にありませんでした。その名を聞いただけで、震え恐れをなさぬ人はいませんでした。後ろから敵が攻めて来ても、驚き恐れることはありませんでした。進む軍の先陣に立ち、防ぐ軍兵と当たりましたが、独孤栄(竜武大将軍)を見付けるやいなや、まるで飛ぶように馳せ向かい、独孤栄を引っ捕らまえると、言葉も発する間もなく首を打ち落としたのでこれを見て、宇文会に挑みかかる者はいませんでした。


続く


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by santalab | 2014-10-29 20:57 | 松浦宮物語 | Comments(0)

    

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