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「平家物語」内裏女房(その8)

知時ともときこれを賜はつて、かへまゐりたりければ、守護の武士ども、また、「いかなる御文にてかさふらふらん。見参らせん」とまうしければ、見せてげり。「苦しう候ふまじ」とて奉る。中将ちうじやうこれを見給ひて、いとど御物思ひや増さられけん、ややあつて、土肥とひ次郎じらう実平さねひらを召してのたまひけるは、「さてもこのほど各々の情け深う芳心はうじんせられつるこそ、ありがたううれしけれ。今一度芳恩はうおんかうぶりたきことあり。我は一人いちにんの子なければ、憂き世に思ひ置くことなし。年頃契つたりし女房によばうに、今一度対面して、後生ごしやうのことをも言ひ置かばやと思ふはいかに」とのたまへば、土肥次郎情けある者にて、「まことに女房などの御事は、何か苦しう候ふべき。う疾う」とて許し奉る。中将なのめならず喜び、人に車借つて遣はされたりければ、女房取り敢へず、急ぎ乗つてぞおはしける。縁に車遣り寄せ、この由かくと申したりければ、中将車寄せまで出で迎ひ、「武士どもの見参らせ候ふに、下りさせ給ふべからず」とて、車の簾をうちかづき、手に手を取り組み、かほに顔を押し当てて、しばしはとかうのことをものたまはず、ただ泣くよりほかのことぞなき。




知時は女房から文を受け取って、重衡の許へ帰ってきました、重衡の護衛の武士たちは、やはり、「どういう文なのか。見せよ」と言ったので、知時は文を見せました。武士は、「差し支えない」と言ったので重衡に届けました。中将(重衡。清盛の五男)は文を見て、さらに思いわずらい増さったのでしょうか、少したってから、土肥次郎実平(源頼朝の家臣)を呼んで言うには、「何と申したらよいのかこの度はいろいろ情けを深くかけて親切にしていただきありがたいことだと思っています。実はもう一つ御恩を受けたいと思っていることがあります。わたしには一人の子もいないので、この世に思い残すことはありません。ただ契った女房に、もう一度会って、後生([死後の世])のことを言い残しておきたいのですがどうでしょうか」と言えば、土肥次郎は情けのある者でしたので、「女房のことならば、何ら差し支えあるまい。早く呼んであげなさい」と言って許しました。重衡はとても喜んで、人に車を借りて女房の許へ遣わしました、女房はすぐに、急ぎ車に乗ってやってきました。縁に車を寄せて、女房が着いたことを知らせれば、重衡は車の近くまで迎え出て、「武士たちがいるので、車から下りてはいけない」と言って、車の簾を頭から被せて、手に手を組み合わせ、顔と顔を押し当てて、しばらく何もいわず、ただ泣くばかりでした。


続く


by santalab | 2013-07-23 07:14 | 平家物語

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