左の大臣の北の方、馬のはなむけ、様々、厳しうし給ふ。殿人なる内に、この用意限りなし。馬、鞍、調じ具して賜ひ、「かく、詳しくすることは、ここにのたまふことあればなり。かく、下りて、厭かぬことなく、よく仕うまつれ。愚かなりと聞かば、さら帰りて、見じ」とのたまふ。畏かしこまり、うれしくて、めでたき女方なりと思ひて、かうかうなむのたまふなりと、罷り出でて語る。「『よく仕うまつれ』と申し給へば、御徳にかかりたる身にこそあれ」と言へば、中の君も、いとうれしと思したり。
左大臣殿の北の方(落窪の君)は、美濃守(中の君の夫)の送別を、様々に、豪勢に執り行ないました。左大臣殿の殿人([貴族の家人])でもあり身内でもあったので、餞別の用意は限りないほどでした。馬に、鞍を、のせて与え、「こうして、格別の餞別をするのは、あなたに申すことがあるからです。国へ、下れば、何事も嫌がらず、よく国を治めてください。怠けていると聞けば、すぐに帰して、世話もしません」と言いました。美濃守はかしこまり、うれしくて、ありがたい妻の縁だと思って、左大臣殿の北の方がこのように申していたと、殿を出て中の君に話しました。美濃守は「『よく国を治めます』と北の方に申してください、徳に与ったのもお前のお陰だ」と言ったので、中の君も、とてもうれしくなりました。
(続く)