Santa Lab's Blog


「平家物語」海道下(その5)

清見が関打ち越えて、富士の裾野になりぬれば、北には青山せいざん峨々ががとして、松吹く風索々さくさくたり。南には蒼海さうかい漫々として、岸打つ波も茫々ぼうぼうたり。「こひせば痩せぬべし、恋せずもありけり」と、明神みやうじんうたひ始め給ひけん、足柄の山打ち越えて、小余綾こゆるぎの磯、丸子川まりこがは、小磯、大磯おほいその浦々、八的やつまと砥上とがみが原、御輿みこしが崎をも打ち過ぎて、急がぬ旅とは思へども、日数ひかずやうやう重なれば、鎌倉へこそ入り給へ。




重衡(平重衡しげひら。清盛の五男)は清見関(静岡県静岡市清水区にあった関所)を越えて、富士の裾野まで来ると、北には青山(富士山)が高くそびえ立ち、松林に吹く風が鳴り響いていました。南は大海原が果てなく広がり、岸を打つ波がどこまでも続いていました。「わたしを恋しく思っていたならば痩せていただろう、わたしを恋しく思っていなかったのだ」と、足柄明神が詠んだ(足柄明神が唐に渡り日本に帰ってみると妻が太っていたので、この歌を詠んで離縁したという話)、足柄山([神奈川・静岡県境にある足柄峠を中心とする山地])を越えて、小余綾の磯([神奈川県大磯付近の海岸。歌枕])、丸子川(酒匂さかわ川。神奈川県西部を流れ、小田原市の東で相模湾に注ぐ川)、小磯(神奈川県中郡大磯町)、大磯(神奈川県中郡大磯町)の浦々、八的(八的やつまつヶ原。神奈川県茅ヶ崎市あたり)、砥上原(神奈川県藤沢市)、御輿崎(神奈川県鎌倉市)も過ぎると、急がぬ旅ではありましたが、日数は重なって、鎌倉に入りました。


続く


by santalab | 2013-08-14 08:34 | 平家物語

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