Santa Lab's Blog


「落窪物語」巻四(その27)

太政大臣殿、今年なむ六十になり給ひければ、左の大臣おとど、賀のこと仕うまつり給ふ。事の作法、いとめでたし。ただ思ひ遣るべし。舞は、この二所、せさせ奉り給ふ。劣らずをかしく、二所ながら舞ひ給ひければ、祖父大臣おとど涙を落してなむ見奉り給ひける。かく、奉るべきことは、過ごさず、いかめしうし給へど、御徳は、いや増さりなり。




太政大臣殿(左大臣殿の父)は、今年六十歳になったので、左大臣殿が、朝賀てうが([元日に天皇が大極殿で群臣の祝賀を受けた大礼])を執り行いました。行儀作法は、とてもすばらしいものでした。想像してください。小朝拝([公式の朝賀の後、天皇の御座所である清涼殿の東庭において行なう歳首=年の始め。の拝賀])の舞は、左大臣殿の二人の子が、舞いました。どちらも劣らず優雅で、二人舞を舞ったので、祖父である太政大臣は涙を流して見ておりました。このように、臣としてしなくてはならないことは、欠かさず、盛大に行いました、徳は、ますます増さっていきました。


続く


by santalab | 2013-08-14 08:38 | 落窪物語

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