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Santa Lab's Blog


「平家物語」千手前(その3)

運尽き世乱れて、都を出でし後は、かばねを山野にさらし、憂き名を西海の波に流さばやとこそ存ぜしに、生きながら捕らはれて、これまで下るべしとは、夢々存じさふらはず。ただ前世ぜんぜ宿業しゆくごふこそ口しう候へ。ただし殷湯いんたう夏台かたいに捕らはれ、文王ぶんわうはいうりに捕らはると言ふもんあり。上古しやうこなほかくの如し。いはんや末代においてをや。弓矢取る身の、かたきの手に渡つて、命を失はんこと、まつたくはぢにて恥ならず。ただ報恩はうおんには、く疾くかうべを刎ねらるべし」とて、その後は物をものたまはず。梶原かぢはらこれをうけたまはつて、「あつぱれ大将軍たいしやうぐんや」とて涙を流す。さぶらひどもも皆袖をぞ濡らしける。




運も尽き世も乱れて、都を出た後は、屍を山野に晒し、憂き名を西海の海に流すであろうと思っていましたが、生きて捕らわれて、ここまで下ってこようとは、まったく思いもしなかったことです。ただ前世の宿業([現世で報いとしてこうむる、前世に行った善悪の行為])と、残念に思うのです。ただ殷湯([殷の湯王=天乙てんいつ。B.C.1600頃の人らしい])は夏台(牢獄の名らしい。殷湯を捕らえたのは、夏朝の最後の帝けつで、暴君の代名詞となったそうな)に捕らわれて、文王([周朝の始祖。B.C.1100頃の人で「周易」=「易経」という占い本、後に儒教の経書を書いたらしい]はいうり(「いうり」は「きよう里」で文王が捕らわれた地名)に捕らわれたと伝える文があります。はるか昔でさえこのような例はあります。いわんや末代においては仕方ありません(捕らえた者が悪ならば仕方ないということでしょう)。弓矢を取る者が、敵の手に渡って、命を失うことは、まったく恥でもなんでもないことです。報恩([恩返し]。平家は死罪をなだめて頼朝を流罪にした)するのであれば、一刻も早く首を刎ねよ」と言って、その後は何も言いませんでした。梶原(景時かげとき)はこれを伝え聞いて、「たいした大将軍だ」と言って涙を流しました。侍たちも皆袖を濡らしました。


続く


by santalab | 2013-08-20 07:28 | 平家物語

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