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Santa Lab's Blog


「平家物語」横笛(その2)

滝口これに最愛す。父この由を伝へ聞いて、「世にあらん者の婿子むこごにもなし、出仕しゆつしなんどをも、心安うせさせんと思ひたれば、由なき者を思ひ染めて」など、あながちにいさめければ、滝口まうしけるは、「西王母せいわうぼといつし人も、昔はあつて今はなし。東方朔とうばうさくと聞きし者も、名をのみ聞きて目には見ず。老少不定らうせうふぢやうさかひは、ただ石火せきくわの光に異ならず。たとひ人長命ぢやうみやうと言へども、七十しちじふ八十はちじふをば過ぎず。その内に身の盛んなることは、わづかに二十余年なり。夢まぼろしの世の中に、醜きものを、片時も見てなにかせん。思はしきものを見んとすれば、父の命を背くに似たり。これ善知識ぜんぢしきなり。しかじ、憂き世をいとひ、まことの道に入りなん」とて、十九の年もとどり切つて、嵯峨の往生院わうじやうゐんに行ひすましてぞたりける。




滝口(斎藤時頼)は横笛を最愛しました。父はこれを伝え聞いて、「世に名を聞く者の婿でもなし、出仕というものは、安心だと思っていたが、まさか理由もない者に心を寄せるとは」などと、強く忠告すれば、滝口が申すには、「西王母([中国の古代神話上の女神。不老長寿だったらしい])という者も、昔はいたが今はいない。東方朔([前漢の文人。西王母の桃を盗んで食べ長寿を得たという])と聞く者も、名が残るだけでどこにもいない。老少不定([人の寿命に老若の定めのないこと])の境遇は、ただ石火([きわめてわずかの時間])の光でしょう。たとえ長寿と言ったところで、七十八十を超えることはありません。その内で勢いがあるのは、わずか二十年余りにすぎません。夢幻のはかない世の中で、醜いものを、たとえわずかでも見るのは無駄なこと。見たいと思うものを見ようとすれば、父の命令に背くようなものです。これは善知識([人を仏道へ導く機縁となるもの])です。いっそのこと、憂き世を避けて、真の道([仏道])に入ることにします」と言って、十九歳の年に髪を丸めて、嵯峨(今の京都市右京区)の往生院(今の京都市右京区嵯峨にかつてあった寺らしい)に入ってひたすら修行に励みました。


続く


by santalab | 2013-08-29 20:09 | 平家物語

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