Santa Lab's Blog


「平家物語」横笛(その5)

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その後横笛は、奈良の法華ほつけ寺にありけるが、その思ひの積りにや、いくほどなくて、つひにはかなくなりにけり。滝口入道にふだうこの由を伝へ聞いて、いよいよ深う行ひ清ましてたりければ、父も不孝ふけうを許しけり。親しき者どもも皆用ひて、高野かうやのひじりとぞまうしける。三位中将、この聖にたづね会ひて見給ふに、都にありし時は、法衣に立烏帽子たてゑぼし衣紋えもんつくろひ、びんを撫で、華やかなりしをのこなり。出家しゆつけの後は、今日けふ初めて見給ふに、いまだ三十さんじふにもならざるが、老僧らうそう姿に痩せ衰へ、濃き墨染に同じ袈裟けさかうけぶりに染みかをり、さかしげに思ひ入つたる道心者だうしんじや、うらやましうや思はれけん。かのしん七賢しちげん、漢の四皓しかうが住みけん、商山しやうざん、竹林の有様も、これには過ぎじとぞ見えし。




その後横笛は、奈良の法華寺(今の奈良県奈良市にある法華寺、法華滅罪寺のことらしい)に居ましたが、滝口入道への思いが積もったのでしょうか、いくらも経たないうちに、亡くなってしまいました。滝口入道は横笛の死を伝え聞いて、ますます修行に励みましたので、父も不孝([勘当])を許しました。親しい者たちからも信頼されて、高野聖(高野山から諸地方に出向き、高野信仰を広めた最下層に位置する僧。ただし滝口入道は高野山大円院住職まで上ったらしい)と呼ばれました。三位中将(平維盛これもり。清盛の嫡孫)は、滝口入道を訪ねて会いました、都にいた頃は法衣に立烏帽子、衣紋を繕い([衣服、装束に乱れがないよう心を配る])、鬢を撫で([髪を整える])、勢いがある男でした。出家の後、維盛は今日初めて見ましたが、まだ三十歳にもなっていませんでしたが、老僧のように痩せ衰え、濃い墨染めの衣に同じ色の袈裟、香の煙が染み香り、熱心な道心者([仏道に帰依した人])のように見えて、うらやましく思えました。晋の七賢([竹林の七賢])、漢の四皓([商山四皓])が住んだ商山、竹林の有様も、これにはかなわないように見えました。


続く


by santalab | 2013-09-01 07:17 | 平家物語

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