あれほど暑かった夏もいつに間にやら過ぎ去って、夕暮れがきえたかと思えば、街はすっかり夜色に包まれていました。
そんな路を男が一人、上着もなく半袖シャツの格好でまるで徘徊するかのようでした。けれどもよく見るとその足取りは振れることもなく、きっとどこか行き先が決まっているのだろうと思えました。
案の定、男は街の一角にある小さな雑居ビルの隅の狭い階段を、少し重そうな足取りでややゆっくりと上り始めました。二階だか三階だか階段を上ると、そこには扉がひとつ。扉の向こうが男の目的の場所でした。
男は静かに扉を開けると、何を話すわけでもなく店の奥の席に腰をおろしました。店には女の子が二人ばかりいました。店はまだ始まったばかりなのか奥近くの窓は開かれていて、そこから少しばかりのネオンの光と、街を歩く人たちの声が聞こえていました。
男は一時ばかり、無言で時々目の前のグラスを口に運んでいましたが、その間に何人かの客が来て、女の子たちと話しなどをしているようでした。やがて男の前に女の子が一人来て、何やら世間話のようなものをしていましたが、男はただ聞いているばかりでした。
女の子は、世間話を一通り話終えると、
「わたし、明日でここをやめるの」
けれど男は何も答えませんでした。
「・・・。だから明日も来てよね」
その時、男は初めて何か言おうとしましたがでも何も答えませんでした。
男は少しはにかんで微笑むような女の子の顔を見て、無性に悲しくなったのでした。