Santa Lab's Blog


「平家物語」阿古屋之松(その1)

およそ新大納言一人いちにんにも限らず、戒めをかうむともがらおほかりき。近江あふみ中将ちうじやう入道にふだう蓮浄れんじやう佐渡の国、山城のかみ基兼もとかぬ伯耆はうきの国、式部の大輔たいふ正綱まさつな播磨の国、宗判官そうはうぐわん信房のぶふさ阿波あはの国、新へい判官資行すけゆき美作みまさかの国とぞ聞こえし。折節をりふし入道相国にふだうしやうこくは、福原の別業べつげふにおはしけるが、同じき二十日の日、津の左衛門ゑもん盛澄もりずみを使者にて、門脇殿のもとへ、「それにあづけ置き奉たる丹波の少将せうしやうを、急ぎこれへべ。存ずる旨あり」とのたまひ遣はされたりければ、宰相さいしやう、「さらばただありし時、ともかうも成りたりせば、いかにかせん。再び物を思はせんずることのかなしさよ」とて、急ぎ福原へ下り給ふべき由のたまへば、少将泣く泣く出で立たれけり。 北の方以下いげ女房にようばうたちは、「叶はざらんものゆゑに、なほも宰相のよきやうにまうさせ給へかし」と嘆かれければ、宰相、「存ずるほどのことをば申しつ。今は世を捨てんよりほか、また何事をか申すべき。たとひいづくの浦にもおはせよ、我が命のあらん限りは、とぶらひ奉るべし」とぞのたまひける。少将は今年つになり給ふをさなき人のおはしけれども、日頃は若き人にて、公達きんだちなどのことをばさしも細やかにもおはせざりしかども、今際いまはの時にもなりぬれば、さすが懐かしうや思はれけん、「幼き者を今一度見ばや」とのたまへば、乳母いだいて参りたり。少将膝のうへに置き、髪掻き撫で、涙をはらはらと流いて、「あはれなんぢ七歳にならば、をとこになして、君へ参らせんとこそ思ひしに、されども今は言ふ甲斐かひなし。もし不思議に命生きて、生ひ立ちたらば、法師ほふしになつて、我が後の世をよくとぶらへよ」とぞのたまひける。いまだいとけなき御心に、何事をか聞き分き給ふべきなれども、うちうなづき給へば、少将を始め奉て、母上乳母の女房、その座にいくらも並み給へる人々、心あるも心なきも、皆袖をぞ濡らされける。




新大納言(藤原成親なりちか)一人に限らず、刑罰を受ける者が多くいました。近江中将入道蓮浄(源成正なりまさ)は佐渡国、山城守基兼(中原基兼)は伯耆国(今の鳥取県中西部)、式部大輔正綱は播磨国、宗判官信房(これむね信房)は阿波国、新平判官資行(平資行)は美作国(今の岡山県の東北部)ということでした。ちょうどその時入道相国(平清盛)は、福原の別業([別荘])にいましたが、同じ六月二十日に、摂津左衛門盛澄(平盛澄)を使者に立て、門脇殿(平教盛のりもり。清盛の弟)の許へ、「預け置いた丹波少将(藤原成経なりつね。教盛の娘婿)を、急ぎ福原へ連れて参れ。申し伝えることがある」と言伝てがあれば、宰相(教盛)は、「謀反が漏れ聞こえたからには、罰を受けるのも当然だ、仕方のないことだ。ただ再び悲しまなくてはならないのが残念だ」と言って、急ぎ福原へ下るよう成経に伝えると、成経は泣く泣く出て行きました。成経の北の方以下の女房たちは、「叶わないことでも、教盛殿からよくよく懇願してくださいませ」と嘆きました、教盛は、「できる限りのことは申したのだ。今となっては世を捨てるほか、どうすることもできない。たとえどこの浦にいようと、わたしの命がある限りは、お前を訪ねよう」と言いました。成経には今年三歳になった幼い子どもがいましたが、日頃は、公達のことをそれほど気にかけていませんでしたが、今際([今限り])の時となれば、さすがに懐かしく思って、「幼い子どもをもう一度見たい」と言えば、乳母が抱いてやって来ました。成経は膝の上に我が子を置いて、髪をかき撫で、涙をはらはらと流して、「ああお前が七歳になれば、元服させて、後白河院に出仕させようと思っていたが、今では言ったところでどうしようもない。もし命永らえて、お前が大きくなったら、法師になって、わしの後世([来世の安楽])を弔ってくれ」と言いました。まだ小さな子どもなので、理解することはできませんでしたが、頷いて話を聞いていたので、成経をはじめ、母上乳母の女房、その場にいたたくさんの者たち、心優しい者またそうではない者も、皆涙で袖を濡らしました。


続く


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by santalab | 2013-10-27 08:03 | 平家物語

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