昨日も見えて候ふ。今朝も庭乗りし候ひつる」など、口々に申しければ、「さては惜しむござんなれ。憎し。請へ」とて、侍して馳せさせ、文などして、一時が内に五六度七八度など請はれければ、三位入道これを聞き、伊豆の守に向かつてのたまひけるは、「たとひ黄金をもつて丸めたる馬なりとも、それほど人の請はうずるに、惜しむべきやうやある。その馬すみやかに六波羅へ遣はせ」とこそのたまひけれ。伊豆の守力及ばず、一首の歌を書き添へて、六波羅へ遣はさる。
恋しくは 来ても見よかし 身に添ふる かげをばいかが 放ち遣るべき
昨日も見ました。今朝も庭乗りしていました」などと、口々に申したので、宗盛(平宗盛。清盛の三男)は、「さては手放すのが惜しくなったな。憎い奴だ。わしにくれ」と言って、侍を急ぎ遣らせて、文などを持たせて、一時([二時間])の間に五六度七八度と人を遣わしたので、三位入道(源頼政)はこれを聞いて、伊豆守(源仲綱。頼政の嫡男)に向かって言うには、「たとえ黄金で作った馬でも、これほど人(宗盛)が欲しがっているのだから、惜しむのはよくない。その馬(木の下)を早く六波羅に届けよ」と言いました。仲綱は仕方なく、一首の歌を書き添えて、六波羅へ馬を届けました。
馬が欲しいと思うのならば来て見ればよいものを、どうして欲しがるのでしょうか。わたしにとってこの鹿毛の馬は影のようなものです、影をどうしてこの身から離そうとするのですか。
(続く)