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「平家物語」咸陽宮(その1)

また異国に先蹤せんじようとぶらふに、えん太子丹たいしたんしん始皇帝しくわうていに捕はれて、いましめをかうぶることじふ二年、ある時燕丹涙を流いて、「我故郷こきやう老母らうぼあり。いとまたまはつて、今一度かれを見ん」とぞ嘆きける。始皇帝あざ笑つて、「なんぢに暇ばんこと、むまに角生ひ、からすかしらの白くならんを待つべきなり」とぞのたまひける。燕丹天にあふぎ地に伏して、「願はくは馬に角生ひ、烏の頭を白くなし賜べ。本国へかへつて今一度母を見ん」とぞ祈りける。かの妙音めうおん菩薩は、霊山浄土りやうぜんじやうどけいして、不孝ふけうともがらを戒め、孔子くじ顔回がんくわいは、支那震旦しんだんに出でて、忠孝ちうかうの道を始め給ふ。冥見みやうけんの三宝、孝行かうかうの心ざしをあはれみ給ふことなれば、馬に角生ひて宮中きうちうに来たり、烏の頭白くなつて、庭前ていぜんの木に棲めりけり。始皇帝、烏頭馬角うとうばかくの変に驚き、綸言りんげんかへらざることを深く信じて、太子丹をなだめつつ、本国へこそ帰されけれ。




また異国(中国)に先蹤([先例])を訪ねると、燕太子丹(燕の王族)が、秦始皇帝(秦の初代皇帝)に捕えられて、監禁されること十二年間、ある時燕丹は涙を流して、「わたしには故郷に老母がおります。暇をいただいて、もう一度母に会いたい」と言って泣き悲しみました。始皇帝はあざ笑って、「お前に暇を与えるなどできぬ、馬に角が生え、烏の頭が白くなるまで待て」と言いました。燕丹は天を仰ぎ地に伏して、「願わくは馬に角生え、烏の頭を白くしてください。本国(燕)に帰ってもう一度母に会いたいのです」と祈りました。妙音菩薩(東方の一切浄光荘厳国に住むという)は、霊山浄土(霊鷲山りやうじゆせん=釈迦が法華経などを説いた山)に来て、不孝の者たちを戒め、孔子顔回(孔子の弟子)は、支那震旦(中国)に生まれて、忠孝の道(儒教)を始めました。冥見([人々の知らないところで、神仏が衆生を見守っていること])の三宝([仏・法・僧])は、燕丹の孝行を哀れんで、馬に角を生やして宮中に遣り、烏の頭を白くして、庭前の木に棲まわせました。始皇帝は、烏頭馬角の変に驚き、綸言([天子の言葉])は取り消すことができない(綸言汗の如し)と信じていたので、太子丹の罪を赦して、本国に帰しました。


続く


by santalab | 2013-11-11 07:26 | 平家物語

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