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「平家物語」紅葉(その1)

高倉のゐん御在位ございゐの御時、人の従ひ付き奉ることは、おそらくは延喜えんぎ天暦てんりやくの帝とまうすとも、これにはいかで優らせ給ふべきとぞ、人申しける。大方おほかた賢王けんわうの名を挙げ、仁徳じんとくかうを施させおはしますことも、君成人の後、清濁せいだくを分かたせ給ひてのうへの御事でこそあるに、むげにこの君は、いまだ幼主えうしゆの御時より、性を柔和にうわに受けさせおはします。去んぬる承安しようあんの頃ほひは、御歳十歳じつさいばかりにもやならせおはしましけん、あまりに紅葉こうえふを愛せさせ給ひて、北のぢんに小山を付かせ、はじかへでの、まことに色美しう紅葉もみぢたるを植ゑさせ、紅葉の山と名付けて、終日ひねもすに叡覧あるに、なほ飽き足らせ給はず。しかるをある夜野分のわきはしたなう吹いて、紅葉皆吹き散らし、落葉らくえふすこぶる狼藉らうぜきなり。殿守とのもりともみやづこ、朝ぎよめすとて、これをことごとく掃き捨ててげり。残れる枝、散れる木の葉をば掻き集めて、風すさまじかりけるあしたなれば、縫殿ぬひどのの陣にて、酒温めて食べけるたきぎにこそしてげれ。奉行ぶぎやう蔵人くらんど行幸ぎやうがうより先にと、急ぎ行いて見るに、跡形なし。「いかに」と問へば、しかじかと答ふ。「あなあさまし。さしも君の執し思し召されつる紅葉を、かやうにしつることよ。知らず、なんぢ禁獄きんごく流罪るざいにも及び、我が身もいかなる逆鱗にかあづからんずらん」と、思はじ事なう案じ続けてたりける所に、主上しゆしやういとどしく夜の大殿おとどを出でさせも敢へず、かしこへ行幸なつて、紅葉もみぢを叡覧あるに、なかりければ、いかにと御たづねありけり。蔵人何と奏すべき旨もなし。ありのままに奏聞す。天気殊に御心よげにうちませ給ひて、「林間に酒を温めて紅葉を焚くと言ふしの心をば、さればそれらにはたれをしへけるぞや。優しうも仕たるものかな」とて、かへつて叡感に与かつしうへは、あへて勅勘ちよくかんなかりけり。




高倉院が在位の御時(1168~1180)、人が慕い申したことは、おそらく延喜(901~923。醍醐天皇の御時)天暦(947~957。村上天皇の御時)の帝と申せども、高倉天皇には優ることはないと、人々は申しました。ほとんどの人たちは賢王([才知と徳を兼ね備えた立派な君主])の名を挙げ、仁徳([他人に対する思いやりの心])の孝([孝行]=[親に対するのと同じように人を大切に扱うこと])を施されたことも、高倉院が成人された後は、清濁([善と悪])を分けて考えるものですが、まったくもって高倉院は、まだ幼帝の頃より、ものごとを柔軟に考えていました。過ぎ去りし承安(1171~1175)の頃は、まだ十歳になったばかりであられましたが、あまりに紅葉を愛されたので、北の陣([場所])に小山を作って、はじ(ヤマハゼ、ウルシ科)楓(カエデ科)といった、本当に色美しい紅葉葉を植えさせて、紅葉の山と名付けて、終日眺めていましたが、なお飽き足らない様子でした。しかしある夜野分([強風])が激しく吹いて、紅葉を吹き散らし、落葉をさんざんに散らかせてしましました。殿守の伴部([特殊技術者たちを管理した役人])が、朝の掃除をして、落葉をすべて掃き捨ててしまいました。残った枝、散った木の葉を掻き集めて、風がすさまじく吹く朝だったので、縫殿(天皇および賞賜の衣服を裁縫したらしい)の陣で、酒を温めて飲むための薪にしてしまいました。奉行([主君などの命令を奉じて物事を執り行う者])の蔵人([ 蔵人所の職員])が、高倉天皇が紅葉の山をご覧になる前に見ておこうと、急いで行ってみると、跡形も残っていませんでした。「どうしたのか」と聞くと、しかじかと答えました。蔵人は、「ああ嘆かわしい。あれほど高倉天皇が大切にしている紅葉を、跡形もなくしてしまうとは。どうだろうか、お前たちも禁獄流罪になるかも知れず、わが身もどんな怒りを買うことだろう」と、思いもしなかった咎めがあるかもと心配していたところに、高倉天皇は夜殿([寝室])を出るとすぐに、紅葉の山を見にいかれて、紅葉をご覧になりましたが、何も残っていなかったので、どうしたのかと訊ねられました。蔵人は何も言い訳できませんでした。ありのままを話しました。高倉天皇はことさら機嫌よさげに笑って、「林間に酒を温めて紅葉を焚くと言う趣の心は、いったいそれらの者たちに誰が教えたものか。上品な者に仕えておるのかな」とおっしゃって、逆にとても感動されたので、まったく勅勘([天皇から受ける咎め])はありませんでした。


続く


by santalab | 2013-11-12 22:05 | 平家物語

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