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Santa Lab's Blog


「平家物語」小督(その8)

入道にふだう相国しやうこく、「小督こがうが失せたりと言ふは、跡方もなき空事なり。いかにもして失しなはん」とのたまひけるが、何としてかはたばかり出だされたりけん、小督の殿を捕らへつつ、尼に成してぞぱなたる。歳二じふ三。出家はもとより望みなりけれども、心ならず尼になされ、濃き墨染めにやつれ果て、嵯峨の奥にぞ住まれける。むげにうたてき事どもなり。主上しゆしやうはかやうの事どもに御悩ごなうつかせ給ひて、つひに隠れさせ給ひけるとかや。法皇ほふわううち続き、御嘆きのみぞ繁かりける。去んぬる永万えいまんには、第一の皇子みこ二条にでうゐん崩御なりぬ。安元あんげん二年の七ぐわつには、御孫六条ろくでうの院隠れさせ給ひぬ。天に住まば比翼の鳥、地にあらば連理れんりの枝とならんと、天のがはの星を指して、さしも御契り浅からざりし建春門院けんしゆんもんゐん、秋の霧にをかされて、あしたの露と消えさせ給ひぬ。年月は隔たれども、昨日きのふ今日けふの御別れのやうに思し召して、御涙もいまだ尽きせざるに、治承ぢしよう年の五月には、第二の皇子わうじ高倉の宮討たれさせ給ひぬ。現世げんぜ後生ごしやう頼み思う思し召されつる新院しんゐんさへ、先立たせ給ひぬれば、とにかくに、かこつかたなき御涙のみぞ繁かりける。「悲しみのいたつて悲しきは、老いて後、子に遅れたるよりも悲しきはなし。恨みのいたつて恨めしきは、若うして親に先立つよりも、恨めしきはなし」と、かの朝綱あさつな相公しやうこうの、子息澄明すみあきらに遅れて、書きたりける筆の跡、今こそ思し召し知られけれ。かの一乗妙典めうでんの御読誦も、怠らせ給はず、三密行法ぎやうぼふの御薫修くんじゆも、こう積もらせおはします。天下てんが諒闇りやうあんになりしかば、大宮おほみや人もおしべて、花の袂ややつれけん。




入道相国(平清盛)は、「小督がいなくなったと言うのは、根も葉もない空事だ。なんとしても内裏から追い出せ」と言いましたが、どのような計略で見つけ出したのか、小督殿を捕らえて、尼にして追い放ちました。歳は二十三。出家はもとからの望みでしたが、心のままならず尼にされて、濃い墨染めの衣をまとい、嵯峨(今の京都市右京区)の奥に住みました。まったくもって悲しいことでした。主上(高倉院)はこのような事に、病気になって、終にお隠れになったのでしょう。法皇(後白河院)は続いて、悲しみばかり多くありました。去る永万には、第一皇子二条院が崩御されました(永万元年(1165)のことです)。安元二年(1176)の七月には、孫である六条院(二条院の第二皇子)がお隠れになりました。天に住めば比翼の鳥([雌雄一体の想像上の鳥])、地にあれば連理の枝([別々に生えた二本の木が一本の枝になっているもの])になろう([比翼連理]=[男女の情愛が深いこと])と、天の川の星を指して、あれほど契りの深かった建春門院(後白河院女御、平滋子しげこ。清盛の継室時子ときこの妹)も、秋の霧に体調を崩して、朝の露と消えてしまいました(安元二年(1176)のことです)。年月は隔てていても、昨日今日の別れのように思って、涙も尽きることがないうちに、治承四年の五月には、第二皇子高倉宮(後白河院の第三皇子。以仁王もちひとわう)も討たれてしまいました。現世後生を頼りに思っていた新院(後白河院の第七皇子で建春門院の子、高倉院。清盛の娘徳子とくことの子である安徳天皇に譲位した後のことなので新院)にさえ、先立たれてしまって、とにもかくも、はけ口のない悲しみばかりがつのりました。「悲しみの中でもっとも悲しいものは、老いた後に、子に先立たれることだ。恨みの中でもっとも恨めしいのは、若くして親に先立つほかに、恨めしいことはない」と、かの朝綱相公(大江朝綱。参議でした)が、子息澄明(大江澄明)に先立たれて、書いた書が、今こそ思い知らされるのでした。後白河院は一乗妙典([法華経])の読誦を、怠らず、三密行法([三密の修行を積むこと])の薫修([習慣として修行を繰り返すこと])を、積み重ねておりました。天下は諒闇([喪に服する期間])となって、大宮人([宮中に仕える者])たちも皆、花の袂を喪服に替えました。


続く


by santalab | 2013-11-13 07:17 | 平家物語

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