平家やがて続いて攻め給へば、そこをも遂に攻め落とされぬ。なほも続いて攻め給はば、三河遠江の勢は、容易う付くべかりしを、大将軍左兵衛の督知盛、労はりありとて、三河の国より都へ帰り上られけり。今度もわづかに一陣をこそ破られたれども、残党を攻めざれば、させるしいだしたることなきが如し。平家は去去年小松の大臣薨ぜられぬ。今年また入道相国失せ給ひぬ。運命の末になること露はなりしかば、年来恩顧の輩の外は、従ひ付く者なかりけり。東国は草も木も、皆源氏にぞ靡きける。
平家はすぐに続けて攻めたので、そこも遂に攻め落としました。なおも続いて攻めていれば、三河(今の愛知県東部)遠江(今の静岡県西部)の勢は、容易く従い付いたはずでしたが、大将軍の左兵衛督知盛(平知盛。清盛の四男)は、病気になったと、三河国から都へ帰り上りました。今度の戦でもわずか一陣は破りましたが、残党を攻めなかったので、大した勝利にもなりませんでした。平家は一昨年に小松大臣(平重盛。清盛の嫡男)が亡くなりました。今年また入道相国(平清盛)が亡くなりました。運命の末は明らかになって、長年恩顧の者たちの他に、平家に従い付く者はいませんでした。東国では草も木も、皆源氏に同心しました。
(続く)