また、信頼の衛門の督、おほけなく二条院を脅かし奉りしも、遂に、空しき屍をぞ、道のほとりに捨てられける。かかれば、経りにし事を思ふにも、なほさりとも、いかでか上皇今上数多おはします王城の、徒らに亡ぶるやうやはあらんと、頼もしくこそ思えしに、かくいとあやなきわざの出で来ぬるは、この世ひとつの事にもあらざらめども、迷ひの愚かなる前には、なほいと怪しかりし。
また、信頼衛門督(藤原信頼。平治の乱(1159))が、身のほどもわきまえず二条院(第七十八代二条天皇)を脅かしましたが、遂に、無残な屍を、道のほとりに捨て置かれたのです。そうでございますれば、過ぎし昔を思い出してみましても、さすがに、上皇今上がたくさんおられる王城([都])が、あえなく滅びることはあるはずもないと、頼もしく思っておりましたが、こうして道理もない争いが起こって、この世ばかりのことではございませんでしたが、迷い([心が煩悩に乱され、悟りきれないこと])で愚かな時代には、不思議なことが起きるものでございます。
(続く)