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「平家物語」敦盛最期(その1)

さるほどに一の谷のいくさ敗れにしかば、武蔵の国の住人、熊谷の次郎じらう直実なほざね、平家の君達きんだちの助け船に乗らんとて、みぎはの方へや落ち行き給ふらん、あつぱれよき大将軍たいしやうぐんに組まばやと思ひ、細道にかかつて汀の方へ歩まする所に、ここに練貫ねりぬきに鶴縫うたる直垂ひたたれに、蓬匂もよぎにほひのよろひ着て、鍬形くはがた打つたるかぶとを締め、がねづくりの太刀たちを履き、二十四にじふし差いたる切斑きりふの矢負ひ、重籐しげどうの弓持ち、連銭葦毛れんぜんあしげなるむまに、金覆輪きんぷくりんくら置いて乗つたりける者一騎、沖なる船を目に掛け、海へざつと打ち入れ、五六たんばかりぞ泳がせける。熊谷、「あれはいかに、よき大将軍とこそ見まゐらせてさふらへ。まさなうもかたきに後ろを見せ給ふものかな。かへさせ給へ返させ給へ」と、あふぎを上げて招きければ、招かれて取つて返し、汀にうち上らんとし給ふところに、熊谷波打ちぎはにて押し並べ、むずと組んで、どうど落ち、捕つて押さへて首を掻かんとて、兜を押し合ふのけて見たりければ、薄化粧げしやうして鉄漿黒かねぐろなり。




こうして一の谷(今の神戸市須磨区西部)の戦で平家は敗れたのでした、武蔵国の住人(今の埼玉県、東京都あたり)、熊谷次郎直実(熊谷直実、桓武平氏の子孫で元平家に仕えたが当時は源頼朝の家臣)は、平家の家来たちが助け船([救助船])に乗ろうとして、海岸の方へ逃げていくのを見て、りっぱな大将軍を討ち取ろうと思い、細道を通って海岸の方へ馬を進めていると、練貫([平織りの絹織物])に鶴を縫い込んだ直垂([鎧の下に着る着物])に、蓬匂い(蓬色で上が濃く、下にいくほどしだいに薄くしたもの)の鎧を着て、鍬形([兜の前立の一つ、二本立てた形])の付いた兜の緒を締めて、黄金作り([金めっきや金銅などで装飾したもの])の太刀を身に付けて、二十四本の切斑([わしの尾羽で、白と黒のまだらがあるもの])の矢を負い、重籐の弓([弓のつかを黒漆塗りにし、その上を籐で強く巻いたもの。大将などが持つ弓])を持ち、連銭葦毛([葦毛に灰色の丸い斑点のまじっているもの])の馬に、金覆輪([金または金色の金属を用いて作ったもの])の鞍を置いて乗った者が一騎、沖にある船を見ながら、海へ入っていき、五六段(一段は六間で約11m)ほど馬を泳がせました。熊谷直実は、「いったいどういうことだ、りっぱな大将軍のように見えるが、なんということか敵に背中を向けているとは。引き返せ引き返せ」と言って、扇を高く上げて招くと、それに応じて戻ってきて、海岸に上がろうとしたので、熊谷直実は波打ち際で馬を付けて、腕を組んだまま、馬から落として、捕え押さえて首を刎ねようと、兜を互いに押し当てて顔を見れば、薄化粧して鉄漿黒([お歯黒で歯を黒く染めていること])でした。


続く


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by santalab | 2013-11-18 20:06 | 平家物語 | Comments(0)

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