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「平家物語」大地震(その2)

渚漕ぐ舟は波に揺られ、くが行く駒は足の立てを失なへり。大地裂けてみづ湧き出で、盤石ばんじやく割れて谷へまろぶ。洪水こうずゐみなぎり来たらば、をかに上つてもなどか助からざらん。猛火みやうくわ燃えた来たらば、川を隔てても、しばしは去んぬべし。鳥にあらざれば、空をも翔けり難く、りうにあらざれば、雲にもまた上り難し。ただ悲しかりしは大地震なり。白河しらかは、六波羅、京中きやうぢうに、土うづまれて死ぬる者、いくらと言ふ数を知らず。四大種しだいしゆの中に、水火すゐくわ風雨は常に害をなせども、大地だいぢにおいてことなる変をなさず。今度ぞ世の失せ果てとて、上下じやうげ遣り戸障子しやうじを立てて、天の鳴り地の動く度毎には、声々こゑごゑに念仏まうし、をめき叫ぶことおびたたし。六七十ろくしちじふ八九十はつくじふの者ども、「世の滅するなど言ふことは、常の習ひなれども、さすが昨日きのふ今日けふとは思はざりしものを」と言ひければ、童部わらんべどもはこれを聞いて、泣き悲しむこと限りなし。法皇ほふわう新熊野 いまぐまの御幸ごかうなつて、御花まゐらさせ給ふをり節、かかる大地震あつて、触穢しよくゑ出で来にければ、急ぎ御輿に召して、六条ろくでう殿へ還御くわんぎよなる。供奉ぐぶ公卿くぎやう殿上人、道すがら、いかばかりの心をか砕かれけん。法皇は南庭に幄屋あくやを立ててぞおはします。主上しゆしやう鳳輦ほうれんに召して、池のみぎは行幸ぎやうがうなる。




渚に漕ぐ舟は波に揺られ、陸行く馬は足の立つ場所を失いました。大地は裂けて水が湧き出でて、盤石([重く大きな石])は割れて谷へ転がり落ちました。洪水が勢いよく来たなら、岡に上った所で助かることはありませんでした。猛火が燃えた来たら、川を隔てていても、しばらくは去ることもありません。鳥でもなければ、空を翔けることもできず、竜でもなければ、雲に上ることもできません。ただ悲しいのは大地震でした。白河(今の京都市北東部)、六波羅、京中で、土に埋もれて死ぬ者、いくらと言う数を知りませんでした。四大種([万物の構成要素とされる、地・水・火・風の四つの元素])の中にあって、水火風雨は常に害をなしましたが、大地に異変をなすことはありませんでした。今度こそ世が失せ果てると、身分の上下に関わりなく遣り戸([引き戸])障子を立てて、天が鳴り地が動く度毎に、声々に念仏を唱え、泣き叫ぶことはなはだしいものでした。六七十、八九十の者たちは、「世が滅亡する時は、必ずやって来ることではあるけれども、まさか昨日今日のこととは思わなかったのに」と言うと、子どもたちはこれを聞いて、泣き悲しむこと限りがありませんでした。法皇(後白河院)は新熊野神社(今の京都東山区にある神社)に出かけていましたが、献花している時に、この大地震に遭って、触穢([穢れに触れること])に遭ったと、急ぎ輿に乗って、六条殿(後白河院が法皇になって後の院御所)へ戻られました。お供の公卿殿上人は、お帰りを、どれほど心配されたことでしょう。後白河院は南庭に幄屋([仮小屋])を立てておいででした。主上(後鳥羽天皇)は鳳輦([屋形の上に金銅の鳳凰を飾った輿])に乗って、池の水際へ避難されました。


続く


by santalab | 2013-11-19 08:29 | 平家物語

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