判官の子に寿王の冠者光綱とて十四歳になる者ありけり。判官、「汝はありとても戦すべき身にもあらず。鎌倉へ下り、光季が形見にも見え奉れ。幼からんほどは千葉介の姉の許にて育て」と言ひければ、寿王申しけるは、「弓矢取る者の子となりて、親の討たるるを見捨てて逃ぐる者や候ふ。また千葉介も親を見捨てて逃ぐる者を養育し候ふべきや。ただ御供仕り候ふべし」と言ひければ、「さらば寿王に物の具させよ」と言ひければ、萌黄の小腹巻に小弓・小征矢を負ひて出で立たせたり。
判官(伊賀光季)の子に寿王冠者光綱(伊賀光綱)という十四歳になる者がいました。判官(光季)は、「お前がいても戦の役にはたたない。鎌倉へ下り、わたし光季の形見となれ。幼いうちは千葉介(千葉胤綱)の姉の許で育ててもらえ」と言うと、寿王が申すには、「弓矢取る武士の子となって、親が討たれるのを見捨てて逃げることはできません。また千葉介も親を見捨てて逃げた者を養ってくれるでしょうか。ただただお供します」と言うと、光季は「ならば寿王に物の具([武具])を着けさせよ」と言ったので、萌黄色([青黄色])の小腹巻([鎧])に小弓・小征矢([戦場で使う矢])を負わせました。
(続く)