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「保元物語」白河殿へ義朝夜討ちに寄せらるる事(その1)

白河殿には、かくとも知ろし召さざりしかば、左大臣殿、武者所の親久ちかひさを召されて、「内裏の様見て参れ」と仰せげけれど、親久すなはち馳せかへり、「官軍すでに寄せ候ふ」と申すも果てねば、先陣すでに馳せ来る。その時鎮西の八郎申しけるは、「為朝が千度申しつるは、ここに候ふ、ここに候ふ」と怒りけれども、力及ばず。為朝を勇ませんためにや、にはかに除目行はれて、安弘蔵人たるべき由仰せけり。八郎、「これは何という事ぞ。敵すでに寄せ来るに、方々の手分けをこそせられんずれ、ただ今の除目、物騒なり。人々は何にも成り給へ、為朝は今日の蔵人と呼ばれても何かせん。ただもとの鎮西の八郎にて候はん」とぞ申しける。




白河殿(今の京都市左京区にあった白河院の御所だが、崇徳院が御所とした。「左大臣殿上洛の事付けたり著到の事」に藤原頼長よりながが白河殿に移ったとある)では、まったく知らないことでしたので、左大臣殿(藤原頼長)は、武者所([院の御所を警備する武士の詰め所])の親久を呼んで、「内裏の様子を見てこい」と命じましたが、親久はたちまち戻ってきて、「官軍がすでに押し寄せてきております」と言う間もなく、敵の先陣はすぐにやって来ました。その時に鎮西八郎(源為朝ためとも)が言うには、「わたしが千度も申していたのは、このことだ、こういうことなのだ」と怒りましたが、どうしようもないことでした。為朝を奮い立たせようとしたのでしょうか、急に除目([大臣以外の諸官職を任命する朝廷の儀式])が行われて、安弘蔵人(「安弘」は「落ち着いていて度量が広い」の意味か)とすべしと仰せがありました。為朝は、「これはまたどういうことだ。敵はもう近くまでやって来ているのに、こちらは手分けさえ済んではいない、ただ今除目を行うのは、ばかばかしいことだ。ほかの者たちは何にでもなせばよいが、おれは今から蔵人と呼ばれたところでありがたくもない。もとの鎮西八郎のままでかまわん」と言いました。


続く


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by santalab | 2013-11-26 18:21 | 保元物語

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