新中納言知盛の卿は、「見るべきほどの事をば見つ、今はただ自害をせん」とて、乳母子の伊賀の平内左衛門家長を召して、「日来の契約をば違へまじきか」とのたまへば、「然ること候ふ」とて、中納言殿にも、鎧二両着せ奉り、我が身も二両着て、手に手を取り組み、一緒に海にぞ入り給ふ。これを見て、当座にありける、二十余人の侍ども、続いて海にぞ沈みける。されどもその中に、越中の次郎兵衛、上総の五郎兵衛、悪七兵衛、飛騨の四郎兵衛などは、何としてかは逃れたりけん、そこをも遂に落ちにけり。海上には赤旗、赤印ども、切り捨てかなぐり捨てたりければ、竜田川の紅葉葉を、嵐の吹き散らしたるに異ならず。水際に寄する白波は、薄紅にぞなりにける。
新中納言知盛卿(平知盛。平清盛の四男)は、「見ておくべきものはすべて見終えた、今はただ自害しよう」と申して、乳母子である伊賀平内左衛門家長(平家長)を呼んで、「日頃の約束を覚えておるか」と申すと、家長は「忘れておりません」と答えて、中納言殿(知盛)に、鎧二両を着せ、家長も二両着て、手を組み合って、一緒に海に入りました。これを見て、その場に居合わせた、二十人余りの侍たちは、続いて海に沈みました。けれどもその中で、越中次郎兵衛(平盛嗣)、上総五郎兵衛(藤原忠光)、悪七兵衛(藤原景清)、飛騨四郎兵衛(藤原景俊)たちは、どうして逃れたのか、そこを落ちて行きました。海上には赤旗(平家の旗印)、赤印が、切り捨てかなぐり捨てられて、まさに竜田川(『ちはやふる 神代も聞かず 竜田川』)の紅葉場を、嵐が吹き散らしたようでした。水際に寄せる波は、薄紅に染まりました。
(続く)