寿王丸簾の際に立たりけるを、判官、「敵に捕らるるな。光季より先に自害せよ」と言はれて、物の具脱ぎ捨てて刀を抜いたりけれども、腹を切り得ざりけり。「さらば火の中へ飛び入りて死ね」と言はれて走り入りつるに、恐ろしくや思ひけん、二三度走り返り走り返りしけるを、判官呼び寄せて膝に据ゑて目を塞ぎ腹を掻き切り、火の中へ投げ入れて、我が身も東へ向きて、「南無鎌倉の八幡大菩薩、光季唯今大夫殿の命に代はつて死に候ふ」と申す。三度鎌倉の方を拝して、西に向かひ念仏唱へ腹を切り、火に飛び入つて寿王が死骸に抱き付きて伏せにけり。
寿王丸(伊賀光綱)は簾の際に立っていましたが、判官(伊賀光季)に、「敵に首を捕られるな。わし光季より先に自害せよ」と言われて、物の具([武具])を脱ぎ捨てて刀を抜きましたが、腹を切ることはできませんでした。光季に「ならば火の中へ飛び入って死ね」と言われて走り入ろうとしましたが、恐ろしくなったのか、二三度走り返り走り返りしていたので、判官(光季)は光綱を呼び寄せて膝に据えて目をふさぎ腹を掻き切り、火の中へ投げ入れて、光季自身も東を向いて、「南無鎌倉の八幡大菩薩よ、わたし光季はただ今大夫殿(北条義時)の命に代わって死にます」と申しました。三度鎌倉の方を拝んで、、西に向かい念仏を唱え腹を切り、火に飛び入って寿王(光綱)の死骸に抱き付いて倒れました。
(続く)