院の御所にはこれを聞こし召し、何故、書写は焼けたると、早馬を立てて御尋ねあり。「まことに焼けたらば学頭を始めとして衆徒を追ひ出だせ」との院宣なり。侍従の下部向かひて見れば、一宇も残らず焼けければ、まつたく時を移さず、参りて陳じ申さんとて、馳せ上り、院の御所に参じて陳じ申しければ、「さらば罪科の者を申せ」と仰せ下さる。「修行者には武蔵坊、衆徒には戒円」と申す。公卿これを聞き給ひて、「さては山門なりし鬼若が事ごさんなれば、これが悪事は山上の大事にならぬ先に、鎮めたらんこそ君ならめ。戒円が悪事是非なし。詮ずるところ戒円を召せ。戒円こそ仏法王法の怨敵なれ。しやつを捕りて、糾問せよ」とて、摂津の国の住人昆陽野の太郎承つて、百騎の勢にて馳せ向かひ、戒円を召して、院の御所に参る。
院御所ではこれを聞いて、どうして、書写山(兵庫県姫路市にある圓教寺)が焼けたのだと、早馬を立てて事情を尋ねました。「事実ならば学頭([一宗の学問の統轄者])をはじめ衆徒([僧])たちを追い出せ」との院宣がありました。侍従([中務省に属し、天皇に近侍した官人])の下部([官に仕えて、雑役を勤めた下級の役人])が向かい見ると、一宇も残らず焼けていたので、わずかの時も置かずに、院参し陳謝申さんと、急ぎ上り、院御所に参って陳じ申せば、「ならば罪科を犯した者を差し出せ」と命が下されました。「罪人は修行者の武蔵坊(弁慶)、衆徒([僧])の戒円でございます」と申しました。公卿はこれを聞いて、「ということは山門(比叡山)の鬼若が事件を起こしたということだ、この悪事が山上の一大事にならぬ前に、鎮めるのが君(後白河院)の務めでございます。戒円の悪事は申すまでもございません。よくよく考えますれば戒円を召すべきでございます。戒円こそ仏法王法(朝廷)の怨敵([恨みのある敵])です。やつを捕らえて、糾問([罪や不正を厳しく問いただすこと])せよ」と、摂津国の住人である昆陽野太郎に命じたので、昆陽野太郎は百騎の勢で急ぎ向かい、戒円を捕らえて、院御所に参りました。
(続く)