並々の人に見せんとは、露も思はざりしものを」とて泣かれければ、中将、「今はさやうのこと、夢々思し召しよらせ給ふべからず、当腹の姫君の、生年十七になり給ふを」と申されけれども、大納言、それをばなほ愛ほしきことに思して、前の腹の姫君の、生年二十一になりたまふをぞ、判官には見せられける。これは歳こそ少し大人しけれども、眉目容世に優れ、心ざま優におはしければ、判官も、世にありがたきことに思ひ給ひて、前の上の、河越の太郎重房が娘もありけれども、それをば別の所に移し奉て、座敷設うてぞ置かれける。さて女房、かの文のことをのたまひ出だされたりければ、判官あまつさへ封をだに解かずして、急ぎ大納言の許へ遣はさる。
そこいらの妻にさせようとは、ほんの少しも思っていなかったのだ」と言って泣いたので、中将(平時実)は、「今はそのようなことを、夢にも思ってはなりません、現妻(妾、愛人)の姫君は、十七歳になりましたか」と言いましたが、大納言(平時忠)は、この娘のことをかわいがっていたので、先妻の姫君で、二十一歳の娘を、判官(源義経)に逢わせました。この娘は歳は少し上でしたが、顔かたち美しく、気だてもとてもよかったので、義経も、とてもありがたいことだと思い、先妻で、河越太郎重房(河越重房ではなく、その父重頼が正しい)の娘(重頼の子郷御前は清盛の正室)がいましたが、別の場所に移して、部屋を用意して住まわせました(蕨姫)。さて女房(正室がいますので妾)が、義経に父(時忠)の文のことを話すと、義経は驚いたことに封も解かないまま、急いで時忠の許に文を返しました。
(続く)