その状にいはく、「源義経恐れながら申し上げ候ふ意趣は、御代官のその一つに選ばれ、勅宣の御使ひとして、朝敵を平げ、会稽の恥辱を雪ぐ。勲賞行はるべきところに、思ひの外に虎口の讒言によつて、莫大の勲功を黙せらる。義経冒すことなうして咎を被る。功あつて誤りなしと言へども、御勘気を被る間、むなしく紅涙に沈む。讒者の実否を正されず、鎌倉中へだに入れられざる間、素意を述ぶるに能はず。徒らに数日を送る。この時に当たつて、長く恩顔を拝し奉らず。骨肉同胞の義すでに絶え、宿運極めてむなしきに似たるか。はたまた前世の業因を感ずるか。悲しきかな、この状、故亡父尊霊再誕し給はずんば、誰の人か愚意の悲嘆を申し開かん。
その書状には、「源義経が恐れながら申し上げる意趣は、わたしは代官([代理人])の一人に選ばれて、勅宣の使いとして朝敵(平家)を平らげ、会稽の恥辱([以前に受けたひどい恥])をそそぎました。勧賞([褒美などを与えて励ますこと])が行われると思っておりましたが、思いのほか虎口の讒言([人を陥れるための告げ口])によって、莫大なる勲功([褒美])も叶わないままです。義経に非はなくして罪を被りました。勲功があってもおかしくないところですが、頼朝殿の怒りに触れて、むなしく紅涙([血の涙]=[あまりにも悲しくて流す涙])に沈んでおります。讒者の実否([本当か嘘か])を正されず、鎌倉にもわたしを入れないのでは、素意([前々から抱いている考え・願い ])を伝えることもできません。無駄に数日を送りました。鎌倉までやって来ましたが、主君(頼朝)を拝見することも叶いません。骨肉([直接に血のつながっている者])同胞([兄弟姉妹])の義理もすでに絶え、宿運([前世から定まっている運命])は無駄になってしまうのでしょうか。はたまた前世の業因([未来に苦楽の果報を招く原因となる善悪の行為])がそうさせるのでしょうか。悲しいことです。もしそうであれば、故亡父(源頼朝と義経の父、義朝)の尊霊([霊魂])が再誕しない限り、誰も愚意([自分の気持ちや考えをへりくだっていう語])を弁明してはもらえないのかもしれません。
(続く)