童申しけるは、「法眼は華飾世に越えたる人にて、しかるべき人たちの御入りの時だにも子どもを代官に出だし、我は出で合ひ参らせぬ曲人にて候ふ。まして各々の様なる人の御出でを賞翫候ひて対面ある事候ふまじ」と申しければ、御曹司、「彼奴は不思議の者の言ひ様かな。主も言はぬ先に人の返事をする事は如何に。入りてこの様を言ひて帰れ」とぞ仰せける。「申すとも御用ゐあるべしとも思えず候へども、申して見候はん」とて、内に入り、主の前に跪き、「かかる事こそ候はね。門に年頃十七八かと思え候ふ小冠者一人佇み候ふが、『法眼はおはするか』と問ひ奉り候ふほどに、『御渡り候ふ』と申して候へば、『御対面あるべきやらん』と申しける」。「法眼を洛中にて見下げて、さやうに言ふべき人こそ思えね。人の使ひか、己が詞か、よく聞き返せ」と申しける。
童が申すには、「法眼(鬼一法眼)の華飾([不遜])は世に越えた人ですから、身分の高い人たちが訪ねられてもしかるべき人たちの御入り子を代官として出させ、本人は会わないほどの曲者でございます。ましてやあなたほどの人が訪ねられても賞翫([珍重すること])されて面会されません」と申したので、御曹司(源義経)は、「お前はおかしな奴だな。主が何も申していないのに返事をするとは何事ぞ。早く屋敷に戻って申せ」と申しました。童は「申してみても対面されるほずもございませんが、ともかく申しましょう」と答えて、内に入り、主の前にひざまずいて、「おかしなことがございました。門に年頃十七八かと思われる小冠者が一人立っておりまして、『法眼はおられるか』と訊ねたので、『おられます』と申せば、『法眼にお目にかかりたい』と申したのでございます」。法眼は「わし法眼を洛中の者が見下げて、そのような事を申すとも思えぬ。人の使いか、小冠者が申すのか、よく聞き返せ」と申しました。
(続く)