聞きも敢へず、さめざめと泣きて、「悲しきかなや。父の心を知りたれば、人の最後も今を限りなり。これを知らせんとすれば、父に不孝の子なり。知らせじと思へば、契り置きつる言の葉、皆偽りとなり果てて、夫妻の恨み、後の世まで残るべき。つくづく思ひ続くるに、親子は一世、男は二世の契りなり。とても人に別れて、片時も世に永らへてあらばこそ、憂きも辛きも忍ばれめ。親の命を思ひ棄てて、斯くと知らせ奉る。ただこれより何方へも落ちさせ給へ。昨日昼ほどに湛海を呼びて、酒を勧められしに、怪しき言葉の候ひつるぞ。『堅固の若者ぞ』と仰せ候ひつる。湛海『一刀には足らじ』と言ひしは、思へば御身の上。かく申せば、女の心の内却りて景迹せさせ給ふべきなれども、『賢臣二君に仕へず。貞女両夫に見えず』と申す事の候へば、知らせ奉るなり」とて、袖を顔に押し当てて、忍びも敢へず泣き居たり。
姫君は聞き終わらないうちに、さめざめと泣いて、「悲しいことです。父の心を知っておりますれば、あなたとお会いするのも今を限りかも知れません。あなたに知らせれば、父にとって不孝の子となります。知らせなければ、あなたとの契り置いた言葉は、皆偽りとなり果てて、夫妻の恨みは、後世まで残ることでしょう。よくよく思えば、親子は一世、男は二世の契りと申します。とてもあなたと別れて、片時も世に永らえたところで、悲しみもつらさも忍ぶことはできません。親に背いてでも、あなたにお知らせいたします。ただここからどちらへでも逃げてください。父が昨日の昼頃に湛海を呼んで、酒を勧められましたが、怪しい言葉を申しておりました。『間違いなく若者ぞ』と申しておりました。湛海が『一刀で十分』と言ったのは、あなたのことでしたのね。このようなことも申せば、女の心の内をお見せするようなものでございますが、『賢臣二君に仕へず。貞女両夫に見えず(賢臣が二人の君主に仕えないように、貞女は二人の夫を持つことはない)』と申しますれば、お知らせするのです」と申して、袖を顔に押し当てて、忍ぶこともできず泣くばかりでした。
(続く)