やがて内へ入らんと思し召すが、弓矢取りの、立ち聞きなどしたるかと思はれんとて、首をまた引き提げて門の方へ出で給ふ。門の脇に花の木ありける下に、仄暗き所あり。ここに立ち給ひて、「内に人やある」と仰せければ、内よりも、「誰そ」と申す。「義経なり。ここ開けよ」と仰せければ、これを聞き、「湛海を待つ所におはしたるは、良き事よもあらじ。開けて入れ参らせんか」と言ひければ、門開けんとする者もあり。橋渡さんとする者もあり。走り舞ふところに、いづくよりか越えられけん、築地の上に首三つ引き提げて来たり会ふ。各々胆を消し見るところに人より先に内に差し入り、「大方身に叶はぬ事にて候ひつれども、『構へて構へて首捕りて見せよ』と仰せ候ひつる間、湛海が首捕つて参りたる」とて、法眼が膝の上に投げられければ、興ざめてこそ思へども、会釈せでは叶はじとや思ひけん、さらぬ様にて「忝き」とは、申せども、世に苦々しくぞ見えける。
義経はすぐに屋敷の中に入ろうと思いましたが、弓矢取りが、立ち聞きなどしていのたかと思われると、首をまた引っ提げて門の方へ出て行きました。門の脇に花が咲く木がありその下に、薄暗くなっていました。義経はそこに立って、「内に人はいるか」と申せば、内からも、「誰だ」と申しました。「義経だ。ここ開けてくれ」と申せば、法眼(鬼一法眼)はこれを聞いて、「湛海を待つ所に参られたのならば、しくじったということか。門を開けて入れてよいことがあるか」と申したので、門を開けまいとする者もいました。橋を渡すまいとする者もありました。あわて走り回るところに、どこを越えたのか、築地([土塀])の上から首三つ引っ提げて義経が現れました。各々胆を消して義経を見るところに人より先に内に差し入り、「叶わぬことと思っていたが、『なんとしても首捕ってこい』と申されたので、湛海の首を捕って参ったぞ」と申して、法眼の膝の上に投げました、法眼は青ざめましたが、会釈もしなくてはと思い、何ともない風に「ご苦労だった」とは、申しましたが、とても悔しそうに見えました。
(続く)