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「義経記」静吉野山に棄てらるる事(その1)

供したる者ども、判官はうぐわんびたる財宝を取りて、掻き消すやうにぞ失せにける。しづかは日の暮るるに随ひて、今や今やと待ちけれども、かへりて事問ふ人もなし。責めて思ひの余りに、泣く泣く古木のもとを立ち出でて、足に任せてぞ迷ひける。耳に聞こゆるものとては、杉の枯葉かればを渡る風、まなこさへぎるものとては、こずゑまばらに照らす月、そぞろに物悲しくて、足を計りに行くほどに、高き峰に上りて、こゑを立てておめきければ、谷の底に木魂こだまの響きければ、我をこと問ふ人のあるかとて、泣く泣く谷に下りて見れば、雪深き道なれば、跡踏み作る人もなし。また谷にて悲しむこゑの、峰の嵐にたぐへて聞こえけるに、耳をそばだてて聞きければ、かすかに聞こゆるものとては、雪の下行く細谷河ほそたにがはみづの音、聞くに辛さぞ勝りける。




静御前の供の者たちは、判官(源義経)が静御前に与えた財宝を取り上げると、掻き消すようにいなくなってしまいました。静御前は日が暮れるにつれ、今にも誰かが帰って来るのではないかと待っていましたが、戻って来る者はいませんでした。静御前は待ちきれなくなって、泣く泣く古木の下から出ると、足の向くままにさまよい歩きました。耳に聞こえるものといえば、枯葉を通る風、目に映るものは、梢にまばらに差し込む月の光ばかりでした、何もかもがもの悲しく思えて、足を頼りに歩き、高い峰に上りました、静御前が声の限りに叫ぶと、谷の底にこだまが響いたので、わたしを呼ぶ者があるのかと、泣く泣く谷に下りて見ると、雪深い道に、足跡を踏み作る者もいませんでした。静御前はまた谷でも悲しみの声を、峰の嵐と争うように大声上げましたが、耳を澄ませば、かすかに聞こえるものといえば、雪の下を流れる細谷河の水の音ばかり、聞くにつれつらさばかりが募りました。


続く


by santalab | 2014-02-22 08:49 | 義経記

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