Santa Lab's Blog


「義経記」忠信吉野山の合戦の事(その19)

忠信ただのぶこれを聞きて、敵に焼き殺されてありと言はれんずるは、念もなき事なり。手づから焼け死にけると言はれんと思ひて、屏風びやうぶ一具ひとよろひに火を付けて、天井てんじやうへ投げ上げたり。大衆だいしゆこれを見て、「あはや内より火を出だしたるは。出で給はんところを射殺せ」とて、矢をげ太刀長刀なぎなたを構へて待ちかけたり。焼き上げて忠信、広縁に立ちてまうしけるは、「大衆ども万事をしづめてこれを聞け。まことに判官はうぐわん殿と思ひ奉るかや。君はいつか落ちさせ給ひけん。これは九郎判官殿にては、渡らせ給はぬぞ。御内に佐藤四郎兵衛しらうびやうゑ藤原ふぢはらの忠信と言ふ者なり。我が討ち捕る人の、討ち捕りたりと言ふべからず。腹切るぞ。首を取りて、鎌倉殿の見参げんざんに入れよや」とて、刀を抜き、左の脇に刺し貫くやうにして、刀をばさやに差して、内へ飛んでかへり、走り入り、内殿の引き橋取つて、天井へ上りて見ければ、東の鵄尾とびのをはいまだ焼けざりけり。関板せきいたをがはと踏み放し、飛んで出で見ければ、山を切りて、懸け造りにしたるらうなれば、山と坊とのあひだ一丈いちぢやう余りには過ぎざりけり。




忠信(佐藤忠信)はこれを聞いて、敵に焼き殺されたと言われては、ここに留まった甲斐もないと思いました。どうせなら自ら焼け死んだと言われたいと思い、屏風に火を付けて、天井に投げ上げました。大衆([僧])はこれを見て、「なんと内から火を付けたぞ。出てくるところを射殺せ」と言って、矢を番い太刀長刀を構えて待ちました。火が消えてから忠信は、広縁([広庇ひろびさし]=[寝殿造りで、庇の外側に一段低く設けた板張りの吹き放し部分])に立って申すには、「大衆どもよ騒ぎ立てずにわたしの話を聞け。わたしを本当の判官殿(源義経)と思っておるのか。君(義経)はすでに落ちられたぞ。わたしは九郎判官殿(義経)では、ないぞ。一門の佐藤四郎兵衛藤原忠信(=佐藤忠信)という者だ。わたしを討ち取ったからと言って、義経殿を討ち取ったと思ってはならぬ。わたしはここで腹を切る。首を持って、鎌倉殿(源頼朝)にお見せすればよい」と申して、刀を抜き、左の脇に刺し貫く振りをして、刀を鞘に戻し、内に飛んで入り、走って、内殿([奥の方にある御殿])の引き橋を取って、天井に上って見れば、東の鵄尾([瓦葺きの宮殿や仏殿の 棟の両端に取りつけた装飾])はまだ焼け残っていました。関板([板屋根])を踏み破って、飛び出て見れば、山を削り、懸け造り([傾斜地や段状の敷地,あるいは池などへ張り出して建てること])にした楼([高殿])でしたので、山と僧坊との間はわずか一丈余り(約3m)ほどでした。


続く


[PR]
by santalab | 2014-02-26 00:49 | 義経記

<< 「義経記」忠信吉野山の合戦の事...      「義経記」忠信吉野山の合戦の事... >>

Santa Lab's Blog
by santalab
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30
カテゴリ
以前の記事
フォロー中のブログ
メモ帳
最新のトラックバック
ライフログ
検索
その他のジャンル
ブログパーツ
最新の記事
外部リンク
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧